第四章 17





 





 
  私は産まれた時から左手に不思議な痣があった。

 双子として産まれた片割れには何もなかったのに。

 その痣はだんだん濃くなり魔方陣が描かれているとわかった両親は私を売った。

 東の魔女に。

 



 「リリ、何してんだい。早くしな!」

 あれはまだ6歳の頃。まだ空も暗いうちから叩き起こされ家の水汲みから一日が始まる。

 東の魔女はギスギスといった表現が合う、キーキー声で叫ぶ骨ばった老女だった。

 常に片手には曲がった腰を支える杖を持っており、それは武器ではないかといつも思っていた。

 家の事はすべて幼い私に押し付けた。

 何がなんだかわからない私は杖が怖くて言うとおりにしていた。

 どのくらいの距離か今となってはわからないが、何十分もかけて大きな桶に川から水を汲んでこぼさないように

 注意しながら家の水ツボに入れる。

 それを数回繰り返した後に、朝食を東の魔女に作り食べている間に私は洗濯をする。

 それが終わって私の朝食となる。

 朝食といってもたった一つのパンとわずかな野菜スープのみ。

 少しの時間で少しの朝食をとった後、家の掃除をし今度は昼食を作る。

 でもそれは苦でもなんでもなかった。

 本当の地獄はそれからだった。

 暗い暗い地下牢のような部屋で魔法の勉強という名のいじめが始まる。

 自分がなぜ魔法の勉強をしなければわからない頃からそれは始まっていた。

 魔法の内容はいろいろな種類があり、

 特に攻撃系の魔法、光を使った攻撃魔法は私にとって恐怖でしかなかった。

 「なぜ、こんなこともできないの!」

 「こんなんじゃ西の魔女に負けちまうよ!」

 髪を振り乱しながらキーキー声で杖を振りかざして私を打つ。

 まともに光を出す方法すら教えてもらえない私は杖をうけるか、

 光の攻撃をまともに受けるかどちらかだった。

 光の攻撃は体の芯まで傷みが響く。
 
 なぜ、私はここに連れてこられたの?

 なぜ、西の魔女に負けてはだめなの?

 あったこともない、どんな人間かもわからない相手にどうしてそこまで敵対心があるのか。

 疑問と傷は日に日に増えるばかりだった。

 つらい・・・。誰か私を助けて。

 そう訴えてもだれも助けてくれるわけでもなく、

 ただ夜、自分の寒いベッドに戻ったときにうずくまって声を殺しながら

 しくしくと泣くことしかできなかった。

 


 


 数年後、徐々に魔法も覚え生活も楽になってきた。

 家事も魔法で出来るようになり、私の中で少し余裕が出てきたある日、
 
 自分が東の魔女の後継者というのがわかった時点で家族について聞いてみた。

 「お前は、私に売られたんだよ。それはそれは高くね。ふふっ。

 それとお前は双子でね。

 かたわらは、西の魔女に弟子入りしたってさ。

 よっぽど家族はお前のことが嫌いなんだなぁ。」


 家族にも見捨てられたの? 私は。

 しかも、たった一人の姉妹は敵対しているところにいる。

 信じたくない気持ちで覚えたての魔法を使い、今の家族を覗き込んだ。

 両親はすでに死んでお墓が寂しく映し出された。


 そして、たった一人の姉妹は。




 とても楽しそうに人と戯れていた。






 どうして?

 


 こんなに私は辛いのに?






 こんなに私は寂しかったのに?










 貴方は私と同じ顔でそんなに楽しそうなの?





 たくさんの人に囲まれているの?

   






 涙を流しながら自分の手を眺め、運命を呪った。

 どうして私なのか。

 私が東の魔女をしなければいけないのか。

 泣きながら左手の魔方陣から出てくる虹を見つめた。

 






 それからの私はただ人形のように働いた。

 ひたすら働いて気付いたら東の魔女の後を継ぎ、スターター国の王宮で働くことになる。

 ここでの仕事は、国王の都合のいい人形を作り出すことだった。

 占いをし、少しでも自分の都合の悪いことをしようとする人間がいれば、
 
 そのものの心を吸い取り、それを鏡に封印し、国王の思いのままに操れるように

 新しい人格を植えつける。
 
 「リリ、お前は実にいい魔女だな。」

 国王はいつも私にそういった。

 いい魔女?都合のいい魔女でしょ?

 軽蔑していても笑顔で「ありがとう」とだけ返した。

 そんな私をじっと見ていた人物がいた。

 国王の第一王子アラン王子だった。

 まるで何もかも見透かすような綺麗な目で私を見ていた。
 
 国王の子息の中で、唯一まともな人間。

 そんな人物に見つめられるとどうしていいのかわからなくなる。

 見つめられているとわかっていても知らない振りしてアラン王子の横を通り過ぎようとしたとき、

 「あなたの目って笑っているようで寂しい目してるんだね。」

 と、悲しそうな目で見つめながら私に言った。
 
 そして彼は去っていった。

 

 初めてだった。

 本当に初めてだった。

 この王宮に来てたくさんの人とであったのに、私の心の奥底を口にした人は。

 私はアラン王子が去って行った後姿をいつまでも見つめていた。
 
 なぜか左手を胸で握り締めたまま。

 

 その後、何度もアラン王子に会うことはあっても話す機会はなかった。

 遠くからアラン王子を見つめることしか出来なかった私は、

 あれ以来彼と話すことが出来なかった。

 話すことができないなら、せめて彼の姿だけでも。

 そう思い、彼の今の姿を鏡で映し出した。


 彼はとても楽しそうに笑っていた。そしてその隣には私とそっくりな女性がならんでいた。




 どうして?





 どうしてあなたは私の幸せばかりうばっていくの?

 あなたは私にないものずべてを手に入れてるじゃないの。

 なのにどうしてアラン王子まで奪っていくの?

 私はやっぱり一人でいなければいけないの?

 この先も一人でいなきゃいけないの?







 もういやだ。

 こんな世界、壊れてしまえ。






 なくなってしまえ―――――――。





 







 

 








 

 




  









    






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