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彼が私を抱きしめてくれた。
今まで一人で抱えていたものがぽろぽろと取れるように、
体の中から何かが湧き出てきた。
それが、涙だと気づいたのはしばらくしてから。
かなりたくさん泣いて彼のシャツをぬらしてしまったのに、
彼は優しく笑うだけだった。
その後のずっと抱きしめてくれて、
安心してしまって、深い深い眠りについた。
こんなに安心して眠れたのは何年ぶりなんだろう・・・・・・。
朝、目覚めると彼はいなかった。
書置きがあって、
「しばらく出張でいないからさみしがらないでね。」
と書いてあった。とても、彼らしくって笑ってしまった。
たくさん泣いてたくさん眠ったせいか、頭がすっきりしていた。
人に話すだけでこんなに楽になるなんて。
彼にありがとうを言いたい。
こんなときに、出張で、しばらくあえないとは。
しかも、あんなに私に告白してきたのに連絡場所はおろか、
携帯番号さえ知らないなんて。
ほんと、不思議な人だな。
それから数日たって昼休みにもえが来た。
「食堂がすごく良くなったんだよ。食べに行かない?」
食堂が変ったんだ。この前、そういえば一条さんに話したばっかりだよね。
もえがとにかくすごいと話していたので行くことにした。
食堂に入ってとにかく驚いた。広さが前の数倍はある。
メニューも250円と低コストでいろんな種類がある。
しかも全部にカロリーや栄養表示でよくこんな短時間でここまで出来たなんて。
サラダバーまであり、女性が群がっていた。
「すごいでしょ?でも、ここだけじゃないんだー。」
なんでも、食堂と階をかえて少し高級メニューの食堂もあるらしい。
取引先とのやり取りや、リッチに食べたいときなどに行けるように。
「ねえ、ここまで短時間で変えるって無理だよね。」
つぶやいたように言った葵に対し、
「ふふ〜。直様なら可能だよ。かなりのやり手だし。権力もあるからね。」
「権力って・・・。あの人、何やってる人なの?」
「何って。もしかして知らなかった?ここの専務、社長の息子だよ。」
そんなに偉い人だったなんて。
どおりでいい服とか、高級車に乗ってると思った。
なんだか、急に彼が遠い人のように感じられた。
表情が変ってしまった葵に対し、
「ねえ、まさか、直様が遠い人なんて思ってないでしょうね。」
考えられていたことをずばり言われた。
「私には『中身が大事』って言ってくれたのに彼には壁をつくるの?」
そんなこといわれたって。
「そういうなら私だっていいとこのお嬢様なのよ。一応。」
一応って。でも、それは分かるような気がする。綺麗だし、気品があるもの。
「あなたの良いところは見掛けで人を判断する人じゃないところよ。それをなくさないで頂戴。」
人差し指で指しながらもえは言った。
怒られてしまった・・・・・。
ふふ、でもなんだかうれしい。
「ちょっと、何笑ってるのよ。私、怒ってるんだから。」
そういいながらももえも笑い出した。