4.見つめる先には






  side ayumu



 
 
彼女の歌が終わった。
 
 歌の余韻にしばらくめまいがする。

 両腕を顔のところで組んでいてよかった。

 

 涙が出そうだった。



 今までの彼女の歌は男っぽいというか、

 人に対しての応援歌みたいな歌が多かった。

 でも、今聞いた歌は。

 初恋の歌だった。

 彼女の甘い切ない声が、歌の歌詞とともに、

 心の中に、入り込んでしめつけていく。

 だけど、最後にはなんだか癒されている自分がいて。

 恋を知ったばかりだけどもっともっと好きになって

 相手を知れば知るほど好きになる気持ちを

 凄く大切にしたいと心から思えるようになった。

 「あ・・・・・の・・・・・。」

 彼女の心配した声が耳に入る。
 
 泣きそうになるのをこらえつつ声を出す。

 「初めてだね。」
 
 やっと出た声はかすれていた。

 「今までのMIUの曲ってちょっと応援歌っぽいところがあったじゃん。

 だけど、恋愛の歌は初めてだよね。」

 誰かに恋をしているんだろうか。
 
 どうか、気のせいであってほしい。

 「どうして?」

 願いを込めて聞いてみた。

 まだ、彼女の顔を見るのは怖い。

 「書きたくなったから。」

 書きたくなった、という事はやはり誰かに恋をしたんだろう。

 相手は誰だろうか。

 わかりもしない相手に、嫉妬している自分がいた。

 「そか。」
 
 そういうのがやっとで、立ち上がった。

 彼女はオレを見上げた。

 上目遣いに見る姿もかわいらしい。

 どうにか理性で抱きしめたくなるのを抑えてポンポンと頭を叩いてつぶやく。

 「すごくよかったよ。思わず、その気になっちゃうぐらい。」

 もし、オレに対する気持ちだったら、どんなにうれしいか。

 でも顔中にハテナマークを出しているあたりで

 オレじゃないことがいやってほどわかってしまった。
 
 その不思議そうにしていた顔でさえも可愛らしくて

 いつまでも見ていたいって思ってしまうオレはやっぱり重症だと思う。

 「MIUは可愛いね。」

 思わず考えていることが口に出るほどに。

 「先輩はたらしなんですね。」

 「先輩?」

 彼女がポロリと本音を出した。
 
 先輩って事は同じ学校なのか。

 表情からするとばれてほしくないようだが。

 それよりも聞き捨てならない言葉を聞いたような。

 「それにたらしって・・・たらしって・・・。女ったらしってこと?ひどいなぁ。」

 オレってそんな風に写ってるんだ。
 
 かなりショックなんだけど。
 
 うなだれてしまった。
 
 「だって、普通可愛いって面と向ってさらりといいません。」

 真っ赤になって怒りながら言っている。
 
 「誰にも言わないよ。」

 誰にでも言わない。

 今までいったことがない。

 こんなに真剣なのに伝わらないのか。

 「可愛いなんて誰にでも言わない。」

 想いを込めて真剣に彼女に伝える。

 彼女はじっとオレを見る。

 日本人なのに不思議な瞳の色。

 間近でくりくりっとした瞳や、

 すべずべした頬などみるとさわったりキスしたくなってしまうのが男の性で。

 オレがそんなこと考えているなんて思ってもないだろうな、彼女は。

 クスリと笑って彼女の頬をそっと触る。

 「そんな風に見つめると危険だよ。」

 そういってやっとわかったのか真っ赤になって

 あわててオレから離れる。

 あ、荷物まとめ始めた。

 「なに?帰るの?」

 ちょっといじわるすぎたかな?

 「身の危険を感じたので帰ります。」

 やべ、怒らせたかな?

 あわてて彼女を追いかけて手首を掴む。

 「明日も来る?」

 「もう来ません。」

 即答でしかも怒りマークつけて満面の笑みで答えられてしまった。

 これくらいじゃへこたれないけど。

 「わかった。待ってるね。」

 こう言ったら彼女はきっと来る。

 その言葉を聞いて怒る怒る。

 怒った顔もやっぱり可愛い。

 自然と笑みがこぼれた。

 「送っていくよ。」

 「けっこうです。家、近いし自転車ですので。」
 
 そういって振り切られた。
 
 ダーッと駆けていく彼女はほっぺた真っ赤にして去っていった。

 ああ、今日も怒らせてしまったな。







 昨日のことを、考えながら登校する。

 先輩って言ってたよな。

 多分、うちの学校の生徒だ。

 オレを知ってたみたいだし。

 ということは、探せば彼女はどこのクラスかわかる・・・・。

 でも、あまり知られたくなかったみたいだった。

 彼女のほうから話してくれるのを待ったほうがいいんだろうな。

 いろんなことを考えながら歩いていると、
 
 前に小松兄弟がなにやら騒いでいる。

 つうか、あいつらいつも騒いでいるような。

 よく見ると二人になにやら詰め寄られて子リスが固まっているのが見えた。

 「小松兄弟。こんなところで固まって立ってどうした?」

 なにかあったのだろうか。

 子リスを見たら目が合った。


 
 やっぱりMIUに似てる。

 

 彼女なのか?



 あの瞳は色が違っていても間違うはずがない。

 彼女の鼻、唇、肌の色、すべて彼女と一緒だ。

 間違いない。

 MIUだ。


 オレの中で確信に変わった瞬間。

 「おはようございます。町田先輩。

 何でもないです、いこ、竜、ミー。」

 小松姉が子リスの手をグイッと引いて駆け出していった。

 彼女が横を通り過ぎる瞬間も見逃さない。
 
 ああ、やっぱり彼女だ。MIUだ。

 こんなに近くに彼女はいたのだ。

 そう思っただけで体温が上昇する。

 多分、顔も紅い。

 片手で顔を隠して下を向く。

 「まーた何やってんだ。顔が紅いぞ。」

 う、一番あいたくないやつがこんな時に限って声をかけてくる。

 「いや、なんでもない。」

 知らない振りして前を向いて靴箱に向う。

 「おまえさぁ。この前から変だぞ。

 なんだ?好きなやつでもできたのか?」

 好きなやつ。

 その言葉に過剰に反応する。

 「な、なんだよ、それ。」
 
 「あのなぁ。昨日、お前の幼馴染から凄い剣幕で
 
 電話があったんだよ。」

 昨日。ああ、あの後か。

 「すまん。うるさかっただろ?」
 
 オレに何も言ってこないと思ったら賢のほうに被害がいってたか。

 誰かにあたりちらさないと気がすまない性格だから

 誰かに被害はいくと思ってたけど。

 「てきとーに流してたから別にいいんだけどさ。

 オレに誰だか知ってるだろうって問い詰めてさ。

 しらねーっつうの。」

 あー、マジですまん。

 溜息をつきながら靴を下駄箱に入れ用とした瞬間、
 
 隣に並んで賢は手を広げていれるのを阻止した。

 「で、ここまで被害こうむってるオレに言わなきゃいけない事は?」

 賢は、チャラチャラしてるけど、

 口は堅い。

 それに話はちゃんと聞いてくれる。

 それはわかっているが。

 やはり彼女の事は言うべきじゃないだろう。

 「ごめん。もう少し待って。今はまだ話せない。」
 
 賢の目をじっと見て答える。

 ちゃんと話せる日が来るまで待ってほしい。

 だまってオレを見ていた賢は、

 「わかった。でも、一人であんま抱え込むなよ。お前の悪い癖だからな。」

 と言って背中をバンバンと叩く。

 「イッテ。」
 
 思いっきり叩いただろ。背中さすりながら賢を見るとニヤリと笑って

 「ほら、行くぞ〜。」

 なんて言いながら先に教室に向っていた。
 
 まだ話せないんだ。

 でもいつか話すから。お前に一番に。








 教室での席は丁度2年生の教室が良く見える。

 今までは意識したことなんかなかったくせに、MIUの存在がわかったため、彼女の姿を探す自分がいた。

 クラスさえ知らないと言うのに。

 教科書を見ているくせに、気持ちは向こうの教室に行っている。

 そんなオレに気付いたのか、数学の浦本はオレに当てやがった。

 ま、そのくらいの問題が解けないと受験を控えてる俺たちにとっては致命的だけど。

 黒板に向ってスラスラと問題を解いて自分の席に戻る。
 
 席に着こうとしながら視線を感じる。

 ふと、二年生の教室を見た。


 

 彼女がこっちを見ていた。



 すぐに下を向いて教科書を見ていたが、間違いない。

 視力は両眼とも2.0なんだ。

 それに彼女の視線を見間違うはずがない。

 彼女は丁度オレと同じ位置の席。

 なんという偶然。

 偶然?必然じゃないのか?

 なんて自分に都合よく考えてしまうのがオレの悪い癖。

 それでも。

 


 この席である限り彼女を盗み見できるかと思うと、

 どんな授業でも楽しくなりそうだ。

 灰色の受験生の自分が一人の人間のおかげでこんなにも

 ヤル気がでるなんてきっと彼女はしらない。

 教科書を見る振りをして向こうの校舎を見る。

 まだ下を向いていた。

 気のせいか耳が紅く見える。
 
 オレに気がついて?

 なんてうぬぼれていたいところだけど、彼女は好きな人がいる。

 こっちを見ていると言う事はたぶん三年だろう。

 さっきまで気分があんなに上昇していたのに、

 ストンと底に落ちてしまった。

 そうだよ、彼女には好きな人がいるんだよ。

 落ち込んでしまった気持ちを含んだ溜息はお昼のチャイムで

 かき消されてしまった。

 この落ち込んだ気持ちも消してくれればどんなにいいか。






 昼休み、今日はいつもの連中とご飯を食べた後、バスケをしに野外のコートに向う。

 それぞれクラブも引退し体がなまってるから

 付き合えと連れてこられた。

 確かに最近体を動かしたくなる。
 
 このコートは、野外といっても三年の校舎の屋上に高いフェンスがあって

 簡単なラインが引いてあるだけ。

 だけどこれで十分遊べる。

 隣の1、2年の校舎の屋上はこんなコートはない。どうも、だいぶ前の生徒会長が

 個人的に作ったらしく、先生達も何もいわずそのままにしてあった。

 三年生がこうやって気分転換に使うことを知って残してくれたのだろう。

 二手にチームを分けて、オフェンス、ディフェンスを決めていたとき、

 ふと隣の校舎の屋上に人影が見えた。

 普段は風が強いためあまり人が来ない。

 あれ?小松兄弟・・・・・と。

 彼女が、いた。

 うれしくてよく見るためにそっちのほうを向き直ると

 彼女の頭の上にポンポンと小松弟が優しく叩いた。

 その行為に腹の底からわきあがるような苛立ちがあったのにもかかわらず、

 二人は微笑みながら見つめ合っていた。

 彼女のあんなに穏やかな微笑みははじめて見た。

 



 彼女は、小松弟が好きなんだ・・・・・・・。

 呆然と、頭の中でその言葉が浮かんだ。
 
 

 
 

 

 
 
 
 
 

 
 

 
 
 


  









    






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