3.プールと熱と。






  side ayumu


 

 小松姉に声をかけたら、三人ともなぜか固まっていた。

 驚かせてしまったのかな?

 ちょっと心配していると、小松姉が立ち上がってくれた。

 「なんですか?会長、こんな所まで来て。」

 彼女が立ち上がった瞬間、弟がなぜか子リスちゃん(名前がわからない)を

 隠してしまった。

 もう少し近くで見てみたかったのに。

 なんとなくそう思いながら三人が集まっているところに行こうと

 「小松、申しわけないんだけど昨日のことで・・・。」

 なんて言いながら歩いていると、

 なぜかあわてて小松姉がお弁当箱を片付けながら

 「あ、ご飯終わったんでそっちにいきます。

 じゃあね、竜、ミー。」

 とこっちに向った。

 彼女を見られたくないのだろうか。

 べつに彼女をとって食べるわけでもないのに。

 それとも、おれ自身に合わせるとなにかまずいのか?

 思わず、彼女のほうを見ながら考えていると、小松弟がこっちを睨んだ。

 「ご飯中、お邪魔してごめんね。お姉さん借ります。」

 とりあえずここは退散したほうがよさそうだ。

 あとでじっくりと小松姉に聞き出せばいいだろう。

 「どうぞ。」

 そっけない弟の返事に頭を下げて小松姉とともに屋上を出た。

 子リスちゃんは陰に隠れて見えないままだった。





 


 「「しつれいしました〜。」」

 副会長と一緒に職員室を出る。

 なんとか休み時間内に片付けることが出来た。

 頭の回転のいい副会長で助かった。

 「じゃあ、私はこれで。」

 「お疲れ様。あ、そうだ。」

 お互いの教室はバラバラだった為それぞれ反対方向に向おうとしたその時、

 「あのさ、いつも小松姉妹と一緒にいる女の子って名前なんていうの?」

 なんとな気になるから名前だけでも聞いておこう。

 「名前聞いてどうするんですか?」

 珍しくあわてた様子で振り返った。

 「いや、なんとなく。いつも一緒にいてるのに彼女だけ名前知らないなって。

 それに・・・・。」

 「それに?」

 それに・・・?

 考え込んだオレに小松姉がぴしゃりと言った。

 「ブー。時間切れです。次、化学で移動なんで失礼します。」

 「あ・・・。」

 止めるまもなく、彼女は去って言った。

 やられた。



 がっくりと肩を落として歩いていると、また野郎どもに捕まる。

 「どうしたんだよ、歩。」

 「落ち込んでるのか?お兄さんが、慰めてあげよう。」

 野郎の慰めなんていらん。

 「いらん、いらん。オレは、かわいい女の子のほうがいい。」

 「ひ、ひどい。私をもてあそんだのね。」

 なんて冗談を言いながら渡り廊下を渡った。

 男共に絡みつかれ騒いでいると、ふと誰かが見ているような気がした。

 その方向を見てみると、

 小松弟と、子リスがあわてて走っていた。

 あんなに走って大丈夫かなぁ。

 転びそう。

 

 つい心配で目で彼女を追っていたら。




 あれ?あの後姿・・・・。

 また、MIUとダブってしまった。

 そんなに彼女に会いたいのか。

 髪型も、目の色も全く違うというのに。

 重症だな、これは。

 はあっとため息をつきながら教室へ戻った。








 生徒会の仕事も意外と早く終わってしまい、

 これからどうしようかと考えていると。

 「歩〜。一緒に帰ろう!今日は、帰りにドーナツ食べよう。ドーナツ。」

 いつものように泉が駆け寄ってきた。

 「ごめん、今日は用事あるんだ。つうか、しばらく用事あるから一緒に帰れない。」

 どんなに断っても無理やりどこにでもついてくるため、結局一緒に帰る破目になっていた。
 
 でも、今日はもしかしたら彼女が来るかもしれないから。

 多分、望みは薄いかもしれないけど、

 待つだけ待ちたい。そんな気分だった。

 「え〜。じゃあ、泉も一緒にその用事についてく。それ終わったら一緒にかえろ。」

 うーん、やっぱり一筋縄ではいかないか。

 「それにな、別におまえと付き合ってるわけでもないから一緒に帰る必要はない。」

 「歩・・・。何。それ。誰かと付き合ってるの?」

 いつもヘラヘラして笑っている泉がぐっと睨みつけてきた。

 睨まれたって今日こそははっきりさせておきたいから。

 「別に付き合ってはいないけど。おまえだってオレにこんなにベッタリだったら彼氏できないだろう?

 オレだって彼女欲しいし。」

 「私、歩と付き合いたいの。ずっといってるじゃん。」

 そうずっと昔から言われている。だけど、どうしても妹にしか見れないものは見れないんだ。

 「だから、オレは妹にしか見れないって言ってるだろう?

 どうしてわかってくれないんだ。」

 今までオレが甘やかしていたせいで期待させてしまったのは十分にわかっている。

 だからこそ、今日ははっきりしないと。

 「なんで、急にそんなこと言うの?今までそんなに強く言わなかったじゃん。

 もしかして好きな人できたの?」

 急に大きな声で言ったものだから、生徒会室にいたみんながこっちを見ていた。

 まあ、いつものことだからややあきれ返っていたけど。

 好きな人・・・か。

 好きなのかな。

 「まだ、好きかわからないけど、気になる子がいるんだ。」

 はっきり自分の気持ちを伝える。

 「ええ〜!!!」

 そこにいた小松姉とめがね君が叫んだ。

 びっくりだよな、自分でもびっくりだよ。

 ただ、その中で小松姉が、急に考え込んでいる風にしていた。

 「そんな・・。だれよ!!どこのどいつよ!!」

 泉はオレにすがりつくように両腕を握った。

 「うん・・。オレもよく知らないんだ。少ししか会ってないし。

 だけど、会いたくて仕方がないんだ。

 もう一度会えるかもわからないけど。」

 自分でも情けないけど、こんな感情初めてだった。

 しばらくオレを見ていた泉は、

 ぽろぽろと大きな涙をこぼし出した。

 「いや・・。いやだよ、歩・・・。」

 そんなふうに泣かれても困ったという感情しか出てこない。

 みんなが見ているところでこんな風に泣くのはどうしても計算としか思えない自分がいる。

 「泣いてもどうしようもないんだ。オレ自身びっくりしているぐらいだから。」

 そっと泉にタオルを渡して伝えた。

 すると、

 「石橋 泉。こんなみんなの前で泣くのは女としてみっともないわよ。

 それともわざとここで泣いてるの?」

 と、小松姉が泉の腕をぐっと引っ張って顔を上げさせる。

 「会長がここまではっきりと言うんだから泣いたってしょうがないでしょ?

 それに会長が泣き落としではきかないってあんたも付き合い長いんだから知ってるでしょうが。」
 
 はは。さすが、小松姉。

 よく知ってらっしゃる。

 「そんなんだと男もなびかないわよ。さ、帰るわよ。」

 「なによ、あんたなんかに・・・!!」

 まだ帰るのを渋った泉を無理やり連れて行く。
 
 また、彼女に助けられたな。

 はぁっとため息をつくとめがね君がそっと近寄ってきた。

 「会長もせつない恋してるのですね。

 何でもスマートにこなすと思っていました。」

 「そんなに器用じゃないよ。」

 そうだ、器用だったら彼女に逃げられるような事はなかっただろう。

 「安心しました。会長が人間らしくて。

 僕の知ってる会長は、完璧すぎて逆に怖いくらいでした。

 ほら、本とか、絵本で出てくる王子様みたいで。

 でも、僕は今の会長のほうが好きですよ。」

 ニコッと人懐っこそうな笑顔を見せながらめがね君はそういった。

 「ありがとう。」
  
 そう答えると、はにかんで帰っていった。

 オレは彼女がまた来てくれるかわからなかったけど、

 プールに行くことにした。

 来てくれるまで毎日でも行こう。





 荷物を持って自転車に乗りながら夜空を見上げる。

 夜風が気持ちいい。

 こんな日はきっと来て曲作りするだろうな。

 そんな気がする。

 ちょっと期待しながらプールのほうへ自転車を滑らす。

 


 気のせいだろうか、人の歌声が聞える。

 急に、心拍数が上昇する。

 はやる気持ちを抑えながらプールの脇に自転車を置く。

 そっと、金網に手をかけて中を覗くと、

 彼女が歌っていた。

 月明かりが彼女を照らていた。

 足だけをプールに垂らし、気持ちよく歌っている彼女はこの世のものとは思えないくらいに

 とても綺麗だった。

 海辺で歌う人魚姫ってこんな感じなのかな。

 思わず見とれてしまった。

 なにやら難しい顔して弾きなおしたりブツブツ言い始め、

 オレは入り口のほうにあわててまわった。

 昨日、逃げるように帰ったけど、

 今日はここに来てくれた。

 また会えた。

 それだけで、オレの中で一日中くすぶっていたものが熱いものに変わった。

 はやる気持ちを抑え中に入る。

 そっと近寄ってもちっとも気付かない彼女は真剣そのもの。

 邪魔しちゃ悪いかなとおもって隣に黙って座ってみた。

 

 気付かない。



 それをいいことに彼女を見つめ続けた。

 ふわふわの栗毛が腰まで伸びてかわいくて。

 ふわふわの白いスカートがまた似合ってて。

 かわいい。マジ、かわいい。

 あー、オレ。今、幸せかも。

 きっとだらしない顔してんだろうなぁって我ながら恥ずかしいけど。
 
 でも、それでもこうやってずっと見続けられたらなんて

 思う自分が信じられない。

 オレはこんな恥ずかしい性格だったか?

 彼女と関わると今まで知らなかった自分がどんどん出てくる。

 不思議だよな。

 

 「できた〜!!」

 急に彼女は声を上げた。

 どうやら曲が出来たらしい。

 「よかったね。」

 うれしそうな顔を見るとオレもなんだかうれしくなる。

 「うん、すごくいい曲と思う!はぁ〜。うれしい・・・・・。」

 ギターを抱え込みながらしみじみと幸せを噛みしめている彼女は

 まだオレのこと気付いてないんだろうな。

 ふと前を見て、目が点になっていた。

 気付いたかな?

 「ああああ。」

 真っ赤になってオレとの距離をとった。

 あ〜あ。

 せっかく近くに座ったのに。

 「なんだか、集中して曲作ってたみたいだから。

 出来たんだね。」

 怖がらせないようになるべく笑顔で言ってみた。

 びくびくしてるけどうなずいてくれた。
 
 「いい曲が出来たんだ。」

 また、うなずいてくれた。

 ちょっと笑ったような気がする。

 今日は大丈夫そうかな。

 なにも傷つけてないよな。

 そう思ったらなんだか欲が出ている自分がいて。

 「聞かせてもらっていい?」

 びっくりしてオレを見つめている彼女の視線に

 なんだか耐えられなくって下を見てプールの水に足をつけて遊んだ。

 そんなに大きくて綺麗な水色の瞳で見られると照れるんだけど・・・・・。

 彼女は上を向いて息を吸うと、

 ギターを弾き始めた。


 



 星空の下、彼女は目をつぶり声を出す。

 オレは足をプールにつけながら後ろに倒れ目を閉じた。







 彼女の声は透きとおっていてなんだか涙が出そうになる。

 





 悲しい歌詞じゃないのに、涙が出そうになる。







 そして、心が温かくなる。

 不思議な声だった。








 その不思議な声にオレは心がどんどん癒されていくのを感じながら

 キラキラ輝く星空を見つめ続けた。
 

 

 
 

 
 


  









    






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