2.太陽の下で




 side miu






 月明かりの下で、私たちはしばらくの間見つめ合っていた。

 一言も言葉を交わさずに、ただ瞳をそらすことができなかった。

 

 急に、携帯のメロディが聞えた。

 この音楽は、未来ねぇだ。

 あわててポケットから携帯を取り出し後ろを向きながら耳にあてた。

 「・・・・・もしもし。」

 『美歌?もう、遅いけど大丈夫?心配だから裏門に迎えに来たけど・・・。』

 腕時計を見ると9時を余裕でまわっていた。

 「うん。わかった。今行く。」

 ぱたんと携帯を閉じて振り向く。

 町田先輩はまだじっと私を見ていた。

 どうしよう・・・・・・。

 視線に耐え切れず、下を向いた。

 「お家の人?」

 頭の上から優しい声が聞えた。

 コクンとうなずく。

 「迎えに来てくれるって?」

 また、コクンとうなずく。

 「そか、よかった。ここらは治安がいいといってもやっぱり夜は危ないから。

 じゃあ、迎えに来てくれるところまで送っていくよ。」

 ぶんぶんと横に首を振る。

 そんな男の人と二人で歩くなんて、出来ない。

 「ああ、そか。誰かと一緒のところ見られたらまずいか。」

 そんな、そんなことない。

 ただ、私が緊張してしまうから・・・・・。

 ぶんぶんと首を横に振った。

 「そんなこと、ない、です。ただ、緊張するから・・・・・。」

 やっとの思いで小さな声だけど話せた。

 すると、クスッと笑い声がした。

 思わず、顔を見上げてしまった。

 「ごめん、ごめん、あまりにもかわいい事言うから・・・。」

 あわてて町田先輩は手を顔に当てた。

 「芸能人てみんな恋愛とかに慣れてるって勝手に思ってたところがあってさ、
 
 まさかそんなふうにかわいい返事が来るとは思わなかったよ。」

 かわいいだなんて。きっと、子供じみてるって思ったんだ。

 泣きそうになった。

 もう、帰ろう。未来ねぇも待ってるし。

 ギターを荷物を抱えて私は出口のほうに向って走って逃げようとした。

 その瞬間、また手首を掴まれた。

 思わず振り返ってしまった。

 「ねえ、また会える?」

 真剣な表情の町田先輩が手首に力を入れながら私に問いかけた。

 なんでそんなこというの?

 泣きそうなのと、逃げ出したい気持ちばかりしかない私は思いっきり振りほどいてプールの出口へと向った。








 次の日。

 今日は何もない一日だった。

 といっても仕事が入っていないという意味で、

 学校には行くことになってる。

 瞳には黒のカラコンをはめ、腰まである髪はお団子にして頭の上で固定してお気に入りの制服を着込む。

 いつものように電車に乗って、改札口を出て、学校へと歩いて向った。

 「ミー、おっはよ〜。」

 「おはよう。」

 後ろから、声をかけてきたのは、親友の小松兄弟。

 そう、唯一私の素顔を知っているカメラマンの小松さんの愛娘と愛息子。

 小松兄弟は私のことをミーと呼ぶ。子猫みたいで、私は気に入っている。

 「おはよう・・・・。」

 ハニカミながら微笑む姿をこの双子にとって何よりも癒しになっていることを美歌は知らない。
 
 「昨日、撮影だったんだって?仕上がりいい感じだってよ。」

 瑠璃はお父さんの仕事が大好きで時々手伝ったりもしている。

 自分も常にカメラを持ち歩いては、私や風景を撮って回っている。
 
 人に写真撮られるのは苦手だけど、なぜか瑠璃にだけはいやな感じがない。

 きっと瑠璃の人徳だろう。

 「そうなんだ・・・。よかった・・・。」

 「もう、ミーはかわいいんだからもっと自身持ちなよ。ほら、胸張って。」

 バンッと背中を急に叩かれてむせこむ私。

 「げほっげほっ。」

 い、痛いよ。瑠璃。

 背中をさする私は見てもいない瑠璃は元気よく学校に向う。

 「大丈夫か?」

 そっと一緒に背中をさすってくれる竜。155センチしかない私にはかなり見上げないと顔が見れない189センチ。

 バレーばっかりやってるその体は、筋肉が程よくついて凄くかっこいい。

 だけど、私と一緒であまり人とは話さないタイプだから誤解されやすい。

 男子の友達はかなり多いけど。

 「うん。ありがとう。大丈夫。」

 ニッコリ笑って答えると、ニッコリ笑って頭をぐりぐりと撫でてくれる。
 
 これは、昔からの癖。どうも、私は竜からすれば小動物らしい。

 そんな二人にいつも守られるように学校生活を送っている。

 







 「さ、ご飯だよー。机、移動しよう。」

 お弁当を持って瑠璃が近寄ってきた。

 ごそごそと教科書を片付けていると、レコーダーがポロリと出てきた。

 あ、しまった。

 「ちょっと、ミー。もしかしてまだプールで歌ってんじゃないでしょうね。」

 ドロドロと瑠璃の後ろから恐ろしいものが渦巻いている。

 瑠璃は、いつもいつも私がプールで歌う癖を注意していた。

 誰かに見られることと、夜遅いから危ないという理由から。

 「あ、あ。」

 「あんだけ危ないって注意したでしょ!!もう、誰かに会ったらどうするの。」

 会ってしまった。

 町田先輩のあの笑顔を思い出してドキッとした。

 なるべく思い出さないようにしていたのに。

 「ミー。」

 私の少しの表情でも見逃さない瑠璃はこめかみに怒りマークが出ている。
 
 「まーさーかー、誰かと会ったとか言わないよね。」

 腕組して仁王立ちしている瑠璃は最高に怖い。

 たぶん、父親の小松さんも太刀打ちできないだろう。

 「・・・・・。ごめんなさい。会いました。」

 「誰とあったの?怒らないから言ってみなさい。」

 怒ってる・・・よ?

 もう十分怒ってるよ?気のせいかな?

 「・・・・・・生徒会長の町田先輩・・・・・。」

 「ミー!!!よりにもよって・・・。」

 「瑠璃。」

 声がだんだんと大きくなって注目をあびている瑠璃を後ろからそっと手を引いてくれたのは竜。

 きっと場所を変えたほうがいい。

 そう、目で訴えてぐいぐいと私たちを屋上まで引っ張っていった。

 場所を変えて三人輪になるように座る。

 いつもこうやって屋上の隅っこで秘密話をしている。

 私たちの真ん中にはお弁当箱三つ。それぞれ好きなおかずを食べるようにしている。

 「で、最初から話して。」

 まだ怒りオーラが出ている瑠璃をガツンと一発軽く殴る、竜。

 「瑠璃。そんなふうに言ったら話しにくい。ミー、ゆっくりでいいから。」

 ああ、ごめんなさい。兄弟げんかしないでね。

 おろおろしてしまった私を、竜がまた頭を撫でた。

 「まったく・・・。双子だからって邪険にあつかわないでよね。」

 ブツブツと頭をさすりながら瑠璃が文句を言った。

 「大丈夫?」

 殴られたところをなでなでとしたけど、ちょっとたんこぶが出来ていた。

 痛そう・・・・。

 「ああ、私の事は大丈夫。慣れてるから。それよりもミーの話。」

 双子から見つめられてしまったら、白状するしかない。

 この二人には隠し事が出来ない美歌だった。

 「昨日、撮影が終わった後、そのまま未来ねぇにお願いして学校に

 送ってもらったの。

 いつものように、プールで歌を作ってたら町田先輩が来て『誰だ?』

 と手首掴まれて・・・・。」

 「手首?何、そんな至近距離で見られたの?」

 「う、うん。でも、MIUとしか気付かなかったの。髪がふわふわだったし、

 メイクしてたし、コンタクトもはずしてたし。

 でもすぐその後、手は離してくれて・・・・・。ちょっと話して。

 その後は未来ねぇから電話がかかってきたから

 送ってくれるって言ったけど逃げてきた。」

 ここまで話すとはぁーと息をついた。
 
 普段、あんまりしゃべらないから長文話すと疲れる。

 顔がほてってきた。

 なぜか、心臓もドキドキしている。

 「で?」

 「で?って?」

 瑠璃が何かをまだ催促している。全部、話したのになぁ。

 あ。

 「ああ、それからまた手首掴まれて、『また会える?』って聞かれたけど

 逃げてきた。」

 先輩は、どういう意味で言ったのかわからないけど。

 なるべく先輩とは関わりたくない。なんでか、わからないけど。

 「ふ〜ん。」

 瑠璃も竜も二人とも手を顎に持ってきて考え始めた。やっぱり双子だから同じ格好になるのかなぁ。

 面白いなぁ。

 二人のしぐさをマジマジと見つめること数分。

 「ま、それが正解だね。これ以上、先輩とは関わらないほうがいいと思うよ。」

 「オレもそう思う。」

 真剣な表情で二人が言った。

 「町田先輩ってほんわかしてるっぽいけど実はけっこう鋭いのよね。

 きっと、また会ったりしたらミーのことばれちゃう。

 まあ、ベラベラと話すような人じゃないと思うけどさ。

 注意はしたほうがいいと思う。」

 そっか。そうだよね。

 うんうんと、竜と私がうなずく。

 「でもこれは私の客観的な意見。

 ミーはどうしたい?また会いたい?」

 会いたい?

 急な瑠璃の問いかけに、戸惑う。

 町田先輩のあの笑顔が目の前に浮かぶ。

 あの笑顔は見たいような気がするけど・・・・。

 頭の中でグルグルと考え始まり渦がまき始めた。

 「ミー。ストップ。もう、いい。」
 
 竜が私の頭の上に手を乗せた。

 「これ以上、考えるとパンクする。」

 「ああそうね。これ以上は無理ね。」

 口々に言われてしまった。

 どうしてこう私はうまくいかないんだろう。同じ年の二人はこんなにしっかりしているのに。

 だから、おとうさんは私に言うことを聞けばいいって言うんだろうな。
 
 下を向いて悶々と考えてしまった。

 「ミー。落ち込まないで。確かにミーは人より考える速度は遅いけど、

 ひとつひとつの答えを大事にするでしょう?

 それって凄く大事なことなんだよ。

 早く答えがでればいいってもんじゃないの。

 自分が出した答えを大事にしていくことが大切じゃないのかな?」

 「瑠璃・・・。ありがとう。」

 彼女はいつもこうやって私に暖かい言葉をくれる。

 そしてポンポンと竜が頭を撫でてくれた。

 泣きそうになっているところに、

 

 また、


 
 あの人が現れた。





 「小松、いる?」

 屋上のドアを開けながら、町田先輩がひょっこりと現れた。

 私たちは、皆、固まってしまった。




 

 

 

 


   




 

 
 

 

 
 

 


   




 


 

 

 

 
 

 
 

 
 


  









    






inserted by FC2 system