13.自分の足で                





    side miu








 先輩の腕の中の穏やかな時間はあっという間に邪魔が入る。

 告白しようと気持ちを固めたのにその気持ちは崩された。

 『急いで帰ってきて。大変なことになったの』

 未来ねぇがいつになく固い声になっている。

 一体何があったのか聞いても事務所で話すとしか言ってくれなかった。

 こんな未来ねぇ初めてだ。

 わけもわからない不安で手が冷たくなってくる。

 「大丈夫?」

 冷たくなった手を先輩が温かい大きな手で優しく握りしめた。見上げると先輩が心配そうに私を見ている。

 手から伝わるぬくもりのおかげで少し心強い。

 「理由はわからないけど事務所に帰るように言われて。すいません、今日は帰ります」

 「もしかしてなんかあった?」

 疑問系だけど確信している言い方。先輩は何か知っているのだろうか。

 「もしかしたら俺関係しているかもしれない。事務所に行くなら俺も一緒に行く」

 


 私は迷った。



 それに先輩がどう関係しているのか想像つかなかったしなんでこんなことを言うのかわからなかった。

 「ごめん、意味わかんないよね。説明は車の中でいいかな?いそいでるんだろ?」

 そうして先輩は私をプールから連れ出し校門近くに停めてあった黒い高級車に乗るように促した。

 乗るのを躊躇していると

 「これ、叔父さんの車なんだ。送ってもらうのがいいと思う」

 とにっこり笑ってドアを開けてくれた。

 「オジャマシマス・・・」

 そう言ってそろそろと乗り込むと先輩も隣に座り手をつないでくれた。

 運転席の男の人が私達を振り向き

 「おっ。歩の彼女かぁ?よろしく〜」

 と人懐っこい笑顔で声をかけてきた。あ、先輩に雰囲気がにてるかも。なんてのんびり思ってしまった。

 「優にぃ。悪いけどさぁ、美月プロダクションまで乗せてほしいんだけど」

 「全くうちの甥っ子は人使いあらいねえ。挨拶もさしてくれないんかよ」

 挨拶!

 そう自己紹介してないから!

 慌てて二人の会話に口をはさんだ。

 「あの、はじめましてMIUと言います。今日は突然乗せて貰ってすみません」

 頭をぺこりと下げる。

 「えっ?MIUって歌手のMIU?本物?」

 すっごくびっくりして体ごと振り返った。

 「優にぃ。とりあえず進んで?」

 「あぁ。ごめん」

 車はナビに案内されながら事務所に向かった。

 どうしてこんなことになってしまったのか未だ状況がつかめない私に

 歩先輩はぐっと手をつないだ手を握り締めてくれた。

 不思議と心が落ち着いてきた。

 「びっくりしてるよね、ごめん。

 今、MIUに何か悪いことがあったのなら多分俺のせいだと思う」

 手をつないだまま先輩は話を始めた。

 「原因がはっきりわかってからじゃないと何ともいえないけど、

 多分・・・これからMIU悪いことが起きるんだ」

 悪いこと?

 未来ねぇの大変なことって悪いこと?








 
 「なんで・・・・?」

 事務所について社長室に呼ばれた。

 先輩は一緒に社長室に入ると言ったけど、とりあえず社長室の前で待ってもらうことしにた。

 部屋に入ってすぐに未来ねぇが見せてくれた週刊誌には私のオフの姿と制服姿が写し出されていた。

 それと父親のコネで仕事もらって歌唱力は酷いと悪意いっぱいの記事が書かれている。

 「なんで急にこんなこと書かれたのかさっぱりわからないけど酷すぎる。名誉毀損で訴えたいくらい・・・・・」

 未来ねぇは声を荒げていた。父は社長椅子に深く腰掛けたまま黙っている。

 私はただ呆然としていた。





 頭がついていかない・・・・・・。





 ただ雑誌に載っている自分を眺めていた。

 「美歌、お前今すぐ留学しろ」

 黙っていた父が低い低い声で言った。

 「えっ?」

 「この記事のことが落ち着くまで留学してこい。独りが嫌なら未来と一緒に行け」

 記事のこともまだ信じられなかったけどもっと混乱する言葉が父の口から出てきた。

 「えっ、でも・・・・・」

 「いいからお前は俺の言うことを聞けばいいんだ!」

 父の怒鳴り声を聞いてピクリと震えた。思わず下を向いてしまった。

 怖くて顔が見れないけど、

 冷たい目をしているのはわかる。

 その時、社長室をノックする音がした。




 「お話中すみません。失礼します」





 そこには真剣な表情をした歩先輩が立っていた。

 「なんだ?お前は」

 「俺、MIUと同じ学校に通っている町田歩といいます。今回の記事の件俺に責任があるので謝罪に来ました」

 急な歩先輩の出現でも父は冷たい表情を崩さなかった。

 ただただびっくりしている私の隣にいつの間にか立っていた先輩は父に向き合うと頭を下げた。

 「すみませんでした!」

 ハッキリと大きな声で謝る。

 未来ねぇはなにがなんだかわからなくてただ目を見張ったが、

 父は先ほどと変わらず冷たい視線で黙って歩先輩を見ている。

 「訳を聞こうか」

 静かな低い声が先輩に投げかけられる。

 「訳は・・・・・、訳は言えません。でも責任は俺にあります」

 先輩の言葉にはごまかしがなかった。だから誰かを守っているのはわかった。

 「責任というが高校生の君に責任なんか取れないだろう?」

 あざけ笑うように父が言うと歩先輩は頭を上げた。

 「確かに俺はなんの権力もお金もありません。だけど彼女があんな記事に負けないように支えます」



 



 負けないように?






 歩先輩は私の方を見ている。

 「留学なんかしてもいいの?それじゃあここから逃げるのとおんなじじゃない?」

 私は答えられなかった。

 「あんなに頑張ってきたのに?」

 その言葉でいろんなことが頭に浮かぶ。レコーディングのことやラジオで戸惑いながらも私なりに頑張ってきた。






 「MIUはどうしたい?」




 どうしたい?

 そんなこと父の前で言えるわけがない。

 どうすればいいのかわからず、つい先輩のほうを見る。

 先輩は私の目をそらさなかった。

 その目は言っていいんだよって言っていた。

 まるで傷ついても守るから大丈夫だよと。

 いつの間にか握りしめていた手に力がこもる。

 「私・・・・・」

 緊張して喉が震えた。

 それでも今は自分の気持ちを言葉にするので精一杯だった。

 「私は留学なんかしたくない。出来ればこのまま日本で歌い続けたい!!」

 






 ふわふわと水面下で過ごしていた私が初めて二本足で地上に降り立った感じがした。



 

 



 




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