12.嵐の前の静けさ











   side ayumu







 学校に行かなくなって数ヶ月。



 俺は自宅に戻っていた。

 親父は重症だったが医学の進歩のおかげで経過もよく自宅療養している。

 あくまでも自宅療養であって仕事はまだ出来る状態ではないのだけど。




 「誰だよ。親父にノートパソコン渡したの!」

 「うるさい。何をする!」

 ベッドに座っている親父からノートパソコンを奪い取る。

 このやりとりをもう数え切れないほどやった。

 怒鳴る親父は恐いらしくお手伝いさんたちは直ぐに言われたとおりに

 何でも渡しちゃうがまだ仕事は医師の許可がおりていない。

 「そうやって無理するから病気になったんだろ。ちょっとは仕事から離れろよ」

 会社の方はにぃがほとんどまわしてくれていた。

 重役の方たちも頑張ってくれてほとんど変わらず運営できている。

 今まで社長に負担させすぎたと頑張ってくれてるみたいで会社にとって逆にいい形になったんじゃないかと思う。

 「うるさい。お前は学校はどうした」

 「親父がそんなんだから行けないじゃないか」

 はぁっとため息が出た。

 家にも会社にもこの傍若無人な親父に注意する人間がおらず両方から泣きつかれ見張り役になってしまった。

 俺自身、あんなに刃向かっていたけど親父の本心を優にぃに聞いてから見方がかわった。

 大事にしてほしいし長生きしてほしい。

 そう思って看病してるのだがこうも喧嘩ばかりしてると体には良くないんじゃないかと思ってくる。

 優にぃに言っても

 「お前が帰ってきて楽しそうにしてるし元気になったよ」

 と言われるばかりで止めようとしてくれない。

 「ぼっちゃま、お手紙が届いております」

 喧嘩をしている仲裁にいつも入ってくれるお手伝いの幸子さんが大きな封筒を持ってきた。

 彼女は親父が小さいころからいる年配のお手伝いさんでいつもニコニコしているお母さん的存在だ。

 親父のパソコンを取り上げ封筒をの裏を見た。

 慌てて中の書類を見ると入賞の文字が書いてあった。

 それと同封に表彰式の案内が書いてあるパンフレットが入ってある。

 「どうかしたのか?」

 珍しく親父が優しく声をかけた。今まで持っていた気持ちをきちんと話すいいチャンスだった。

 親父のほうを向いて椅子に座り

 「親父、これ」

 封筒の中のものを全部見せた。

 「家を出るときははっきり何をやりたいのか見えてなかったけど映像の仕事がやりたいと思えるようになったんだ。

 大学も6大学じゃなく映像関係で有利な所に行きたい」

 「映像?」

 「そう。その中でも映画とかじゃなくてショートとかプロモーションのほう。

 短時間で言いたいことをいかに表現するか難しいけどすごく楽しいんだ」

 俺の話を黙ってまっすぐな目で聞いている。俺は話を続けた。

 「担任の先生の紹介でそういう仕事をしている人の下でバイトもしてる。すごく厳しい人だけど勉強になるし

 仕事のことだけじゃなくいろんなことを教えてもらえるんだ。

 だから大変だけど、すごく楽しい」

 うちの師匠の言葉を思い出す。

 楽しみながら作らないと作品に愛情がわかないしみる側もつまらないといつも言っていた。

 そんな師匠の作品が大好きでこの人の下で勉強出来るのは幸運だと思っている。

 「これは自分を確かめる為に初めて出したけどまさか入選出来ると思ってなかったんだ。

 俺、親父の影響が全くないところでこんな評価うけたのははじめてだと思う。

 だから素直にすごく嬉しい」

 幼い頃から親父の後を次ぐように教育されてきていたため出来て当たり前だったし、
 
 そんなに努力しなくてもある程度のことがこなすことができた。

 だけどそれが無意味に思えてきた。自分の人生がなにも努力せずに終わってこのままでいいのかなって。

 そうしたら自分で何かをしたくなって親父に初めて反発して一人暮らしをさせてもらった。

 一人暮らしはいろんなことが新鮮で料理とかちょっと楽しかったりするけど

 やっぱり自分の求める「なにか」がわからなくて日々淡々と過ごしていた。

 そんなときにMIUに出会った。

 体全体で歌が大好きだと表現していた彼女。

 小さな体であの声は本当に鳥肌がたった。

 すごくすごくキレイで圧倒されたのも初めてだった。

 そして俺も何かを表現したいと思ったんだ。

 もともと興味のあった映像の世界に踏み込んだのも彼女に出会えなければ最初の一歩は出なかっただろう。

 「俺、大変な思いしても楽しいと感じたこと初めてだったんだ」

 親父がまっすぐ俺を見てくれている。

 こんなことは初めてだ。

 「だからこの仕事をやりたい。親父の仕事は継げない。ごめん」

 そう言って頭を下げた。




 しばらく沈黙が続く。




 「そうか。お前が賞をとったか。小学校の読書感想文以来だな…」

 ポツリと呟く声が聞こえた。

 「お前が何か見つけたのなら何も言わん。跡継ぎなんて山ほど優秀なやつがいるから気にするな」

 「えっ?」 

 怒鳴られることを覚悟していたから意外な言葉に驚いて顔を上げた。

 「入賞よかったな」

 親父はそう言って少しだけ笑った。

 ほんの少しだけど親父が笑った。

 「お坊ちゃま良かったですね」

 親父の部屋を出ると幸子さんが後ろから声をかけてきた。

 ずっと一緒に話を聞いていた幸子さんは喧嘩がはじまるんじゃないかとドキドキしていただろうな。

 「ありがとう。幸子さんにも心配かけたね」

 「いいえ。私は何も心配してません。歩ぼっちゃまのことですもの」

 にっこりと笑う幸子さんはうちではおひさまみたいな存在だ。

 うちのことなら何でもお見通しな彼女には

  「ただ、お坊ちゃまがそこまで変わったのは誰か影響受けた方がいらっしゃるんですか?」

 なんて鋭い突っ込みが入った。

 「そうなんだ。その子に会ってから漠然としたものがどんどん形を帯びて色がついたんだ。

 こんな思いしたのは初めてだよ」

 やや興奮気味に話すと幸子さんはほほほほと笑い

 「坊ちゃまはその方が大好きなんですね」

 と言われてしまった。

 凄いよ、何でわかるんだろう。

 「かわいいからつい意地悪言っちゃうけど凄く大事」

 「歩。やっぱり彼女が大事?」

 声がした後ろには目を真っ赤にした泉が立っている。

 いつの間にか泉が家に来ていたらしい。

 もともと当たり前のように家に出入りしている彼女は

 俺が休んでいた間も回数は減ったものの

 家に上がっていた。

 彼女が来ると親父も楽しそうに話していたりしていたから

 黙っていたものの、

 やっぱりこのままじゃダメだよな。

 「私の方が歩のこと好きなんだから。

 あんな嘘つき歌えなくなっちゃうんだから。

 そしたら歩を取り戻してやる!」

 そう言って走り去っていった。

 取り残された俺と幸子さんは顔を見合わせた。

 「泉お嬢様は納得されていないみたいですね」

 「納得どころか攻撃するつもりだろ、あれは」

 MIUに何かするつもりか。いやな胸騒ぎがする。

 あいつは癇癪持ちだから思い通りにならないと大変なことになる。

 下手に権力があるから余計にだ。

 「幸子さん、俺ちょっと出かけてくる」

 そう言って俺は家を飛び出した。

 「歩。そんなに慌ててどうした?」

 玄関を出て直ぐに優にぃと出くわす。

 俺の慌てた様子にびっくりしていたもかまわず腕を掴んだ。

 「優にぃ車出して。説明は後からするから」

 電話番号知っているからかければいいのだろうけどそれよりも体が動いていた。

 なんとなくMIUはいつものところにいるような気がする。

 学校まで乗せてもらいすぐ終わるからと駐車場で待ってもらった。

 走ってプールに向かうとまっすぐな髪の女の子が水に手を浸して座っていたのが見えた。

 茶色い髪が月明かりに金髪に近い色に反射している。

 髪型は違っていても彼女であることを確信する。

 

 「MIU?」

 声をかけてみる。

 驚いている顔で振り向く。
 
 「ああ、やっぱりMIUだ。ひさしぶり。」

 MIUの顔が見えるとほっとした。

 「せん・・・ぱい?」

 「ここにくれば会えると思って来てみたんだ。

 さすがに呼び出すわけにもいかないから

 ちょっと賭けみたいなところもあったけど、
 
 きてよかった。」

 顔を見る限り大丈夫そう。

 ほっとしつつ、彼女の隣に座る。

 すると、なぜかそっぽ向かれた。

 なんだよ、久々に顔見れたんだからこっち向けよ。

 くやしいから、手で無理やりこっち向かせた。

「むこう向くなんて、さびしいんだけど。」

「離して下さい・・・。」

 下を向きながらぼそぼそ話す。

 なんだよ、こっち向いてくれないのか。

 「逃げないで。」

 ごそごそしながら逃げようとするから、

 捕まえてやった。

 なんて、ただ抱きつきたかっただけだけど。

 「逃げないので離して下さい。」
 
 「いや。」

 離すわけないだろう?

 彼女の講義の言葉を当然拒絶したら

 はぁってため息つかれた。

 「先輩・・。」

 なんだか馬鹿にしたように呟く。

 ああ、子どもっぽいなぁって思ってるんだろうなぁ。

 「子どもっぽいって思ってるだろ。こんなのMIUの前だけだから」

 そうなんだ。

 こんな自分を見せるのも彼女だけであって。

 MIUだけなんだ。

 どんな自分を出しても大丈夫だって思えるのは。

 だから、誰よりも、

 誰よりも大切なんだ。





 彼女は、守る。

 俺が絶対守ってみせる。


 
 何度も何度も誓ってみせる。



 彼女を抱く腕に力を込めた。


 

 ずっと俺の腕の中で静かにしていたMIUが、ごそりと動く。

 


 
 そして、俺をまっすぐに見た。



 その瞳には、くもりがなく、とても澄んでいた。







 

 

 




 

 

 

 

 
 
 

 
 




 
 

 

 
 





 
 
 

 
 

 
 

 
 


 

 

 

 



 




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