11.心を動かす力










       side ayumu








 オヤジが倒れた。






 連絡を受け、急いで荷物をまとめて校舎を出た。門のところで携帯を出すと

 後ろから声を掛けられた。

 「歩ぼっちゃま、こちらです。」

 すでに親父の運転手である長野さんが車を止めてオレが出てくるのを待っていた。

 「長野さん、わざわざすみません。ありがとうございます。病院はどこですか?」

 「大学病院です。優さまが旦那様についていてくださって医師からの説明を一人で聞いていらっしゃいます。」

 優というのはオヤジの弟で会社ではオヤジの右腕として働いてる。オヤジと違ってすごくやさしくて

 いつも笑顔でいるような人だ。

 年もオヤジよりもオレのほうが近いんじゃないかな。
 
 だからにとっては叔父というよりも兄みたいな存在だった。

 「優にいがいるならとりあえず大丈夫だね。」

 「ただ緊急手術が必要だそうで。旦那様はかなり無理をなさっていたようです。」

 「手術?」

 大学病院の駐車場に車を止め、長野さんは車のドアを閉めた。

 「詳しいことはまだなんとも。

 ただずっと心臓が悪かったみたいで・・・。」

 自動ドアを入り、一階のICUと書かれた入り口の前へと促された。

 入り口前にはソファーがあり、優にいが両手を握り締め座っていた。

 「優にい。」

 声を掛けるとぱっと顔を上げてこちらを向いた。

 「歩、早かったな。学校のほうは大丈夫か?」

 こんな時でも人の心配をしてくれるところが優にいらしい。

 「心配しないで、大丈夫。それよりもオヤジ、手術してるって・・・。」

 「ああ、心臓がもともと悪かったのは知ってたけど今回それといろんなことが重なって

 心筋梗塞になったらしい。発見が早かったからすぐに対応できたんだが、

 どうもかなり心臓の機能自体が悪いみたいでさ、かなり厳しいらしい。

 さっき先生が来て手術に入った。」
 
 オヤジが心臓が悪かったのなんてさっき長野さんに聞くまで全く知らなかった。

 そんなそぶりさえ見せなかったから気づいてなかった。

 「まあ、手術といっても胸を開いたりするんじゃなくてカテーテルといって

 手首の動脈から管を入れて心臓の周りの詰まってる血管を広げるんだって。

 時間的にも何時間もかからないっていってたけど。あ。」
 
 優にいの説明を聞いてるとICUのドアあら若い医師が出てきた。

 「今、すべての処置が終わりました。説明をしますのでこちらの部屋によろしいですか?」

 カルテを抱えた医師の後をついて説明室に入った。

 医師の話によるともともと狭心症があって年に1、2回治療や検査を受けていたが

 急な心臓への負担が原因で心筋梗塞になったらしい。

 それに対してすぐに治療したためなんとか命にかかわることなく事がすんだ。

 しかし、倒れたときに呼吸も止まっていたり血圧が下がっていたため人工呼吸器や

 いろんな点滴や管を入れることになったらしい。

 淡々と説明する先生の話を聞いてもまだ親父がこんなことになったのがどこか信じられなかった。

 「人口呼吸器をつけてますのでお薬で眠ってもらっていますが面会されますか?」

 「はい、お願いします。」
 
 優にいと二人で看護師さんにICUの入り方を説明受けながら中へ入った。

 ワンフロアにベッドがいくつか並べられているのを見渡しながら看護師さんがオヤジのベッドを案内してくれた。

 あまりにも体中に管が付いているので正直驚いた。

 「オヤジ・・・・。」

 優にいもオレも呆然と立っていたら看護師さんがにっこり笑って言った。
 
 「たくさん管があちこち付いているのでびっくりなさいますよね。

 これは今の町田さんにとってはとても大事な管です。良くなったらどんどん抜けていきますから。

 手は握っても大丈夫なので握りながら声を掛けてあげてください。」

 手を握る?

 「いいんですか?」

 「大丈夫ですよ。町田さん。弟さんと息子さんがいらっしゃいましたよー。」

 眠ってるオヤジに看護師さんは大きく声を掛ける。

 オレは何もいえなくてただ立っていることしかできなかった。

 


 オレの中でのオヤジは有無言わせない強いものがあった。

 大きな会社をいくつもまとめて、ほとんど家にも帰らず、仕事ばかりしていた。

 たまに口を出したかとおもえば、それは命令ばかりで

 そんなオヤジがオレは嫌いだった。

 




 「兄貴はさぁ、頑張りすぎたんだよなぁ。」

 ぽつりぽつりと呟くように優にいが話し始める。

 「お前には心配かけたくないからって病気のことを言わないように
 
 口止めしながらばれないように強がってさ。

 仕事のほうにも穴を開けないように必死だった。

 それにお前には跡を継ぐように強く言ったりしてたけど、

 実は苦労をしてでも自分のやりたいことを貫くように強くなってほしいって

 よく言ってたっけ。お前に辛く当たっていたのはわざとなんだよ。」

 オヤジがか?

 信じられない。

 びっくりして優にいを見るとふっと笑いながら話を続けた。

 「厳しいことを言いつつも自分の心臓が弱いから長生きできないんだって

 よく言っててさ。だからお前に早く嫁さん見つけて孫を見るんだっていって

 婚約者の話を持ち出してさ。ばかだよな。

 さすがにお前と喧嘩した後はかなりへこんだみたいで、

 反省してたみたいだけど・・・。」

 くくっと笑いながら話す優にいの話す内容やっぱり信じられなくて。

 「表じゃ冷たいとか他人に厳しいとか言われてるけど

 ただすごく不器用なだけなんだ。

 それをわかっていたのに俺は兄貴を支えてやれなかったみたいだ。」
 
 そういって優にいはオヤジのベッドの脇に置いてあった椅子にすわった。

 オレは思いつめたようにオヤジを見つめる優にいに

 なんと言って声をかけたらいいのかわからなくなった。




 ICUの面会時間は限られており、オレ達は病院の外に出た。

 何かあればすぐに連絡してもらえるようにしてあるから大丈夫だろう。

 「この後どうする?

 オレは一度会社に戻るけど。」

 「オレもちょっと寄る所があるから。」

 そうか、とつぶやくと自分の車で優にいは帰っていった。

 オレは長野さんに学校まで送ってもらい帰りは自転車で帰ることを告げた。

 自転車は後で取りに来ると言われたが、

 しばらく考え事をしたいと告げるとなんともいえない表情になり長野さんを困らせてしまった。

 「大丈夫です。それにちょっと人と約束もあるから。

 今日は春樹も心配だからちゃんと実家に帰ってきますので。」

 こういったらようやく安心したのか帰ってくれた。

 オレはいろんな人に心配かけているらしい。

 一人でうまくやっているつもりでもやっぱり子供で

 結局は周りの大人が助けてくれることで好きな生活ができていただけで

 いきがっていただけなんだ。

 



 プールの柵に手を掛けるとMIUが寝ているのが見えた。

 まっすぐな髪が綺麗に広がって目を閉じて眠っているみたいで、

 まるで何かの絵本に出てくるお姫様みたいだ。

 「眠っているの?」
 
 頭元から覗き込むと大きな瞳がパッチリ開いた。

 「起きてます。」

 開きあがろうとした彼女は一瞬オレの顔を見て驚いた。

 「だいじょう・・・ぶ・・・。」

 こんな情けない顔を見られたくなかったオレは彼女を後ろから抱きつき

 顔を肩にうずめた。

 だけど彼女の声は聞いていたくて。

 「MIU。俺の名前呼んで?」

 「町田先輩。」

 いやいや下の名前で呼んでほしいんだよ、今は。

 「名前。」

 もしかして知らないとか。

 それならかなりショックだけど。

 なんて考えていたら、

 「歩・・・・せんぱい?」

 と小さな声で呼んでくれた。

 彼女の声は小さくてもオレの心にはじんわりと温かいものが広がる。

 「歩せんぱい?」

 今度ははっきりと名前を呼ばれた。

 そしてオレの頭をふわりふわりと撫ではじめた。

 幼いころ、まるで母親がよく撫でてくれたように。

 そのやさしさのおかげでオレのなかで何かが救われたような気がした。

 それからMIUにオヤジのことを話した。

 今まで誰にも話したことがなかったこと。

 情けない内容だけど、MIUには聞いてほしかった。

 オレはまるでMIUに懺悔するかのようにゆっくりゆっくり話した。

 すべてが話し終わった後、ずっとオレを撫でていた手がぽんぽんっと

 軽く頭を叩いた。

 「大丈夫。」

 彼女っぽくない大きな声でもう一度、

 「お父さんは、大丈夫。」

 という。

 思わず頭を上げてMIUを見つめる。

 「だから、今は後悔するよりもがんばってるお父さんにできることを

 考えるべきだと思います。

 後悔してもお父さんが良くなるわけないじゃないですか。

 それならば今、先輩が先輩にしかできないことを考えてやったほうが

 おとうさんのためになるんじゃないでしょうか。

 どうしても後悔がしたいのなら、すべてが終わってから

 私が一緒に後悔でもなんでもしてあげます。」

 



 オレにしかできないこと。

 オレだからオヤジにしてあげられること。

 こんなへたれなオレでも何ができる?

 MIUの言葉で考えられることを考えた。

 オヤジに少しでも答えることができたら――――――。

 

 その答えがでるといてもたってもいられなかった。

 MIUとは一緒にいたかったけど、

 たくさん力をもらったから、体が自然と動いた。

 すくっと立ち上がり声をかける。

 「MIU。」

 彼女はオレを見上げるとじっと見つめた。

 「ありがとう。」

 MIUのおかげで立ち上がることができた。

 「俺、しばらく学校にこれないかもしれない。

 だけど、がんばるから。」

 オヤジのことだけじゃなく、自分自身のことでもやることはたくさんある。

 たぶんしばらくは学校にこれないだろう。

 「うん。がんばって。」

 そういってにっこりと笑った。

 彼女を家まで送り実家へ戻る。

 春樹は心配そうで落ちつかなったがしばらくはこっちの家ですごすことを

 告げると安心して眠った。

 



 春樹が寝たのを確認した後、自分の部屋に戻りパソコンを立ち上げた。

 そして持ち歩いていたデーターを取り出し、ファイルを開いて

 ファイル上にある動画を編集する作業にとりかかった。

 MIUの曲を聴きながら編集に没頭した。

 すべてが終了したのは窓の外が明るくなってからだった。

 編集したものをDVDにおとし、封筒に入れ自転車で近くの郵便局に向かった。

 切手を貼りポストに入れると大きくため息をついた。

 



 これが自分にとって大きな一歩になるかどうかは、

 神様にしかわからない。

 だけど、やるだけのことはやったんだという充実感が

 すごく気持ちよかった。





   
 
 

 

 

 

 

 

 
 
 

 
 




 
 

 

 
 





 
 
 

 
 

 
 

 
 


 

 

 

 



 







 
 
 
 
 
 


  









    






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