9.初めての気持ち


 









 





     side ayumu





 






 「泉、何度も言うけどお前がどんな行動をとっても気持ちは変わらない。

 それにもし彼女に何か迷惑をかけるようなことがあれば絶対に許さないし、

 オレもそのときは動くから。」

 

 彼女だけは絶対に守る。
 
 どんな手を使っても。

 自分でもわかるくらい冷ややかな表情をしてるのだろう。

 何も言えなくなって青ざめている泉を見て、

 オレはプールを出た。

 さっき、足音がした方を見て走る。

 彼女は、MIUはどこに行った?

 暗闇の中、ひたすら彼女を求めて走った。

 多分、今までこんなに必死になった事はないだろうっていうぐらいに。








 数分走ってグラウンドに出ると丁度中央に塊が見えた。


 人?


 MIU?





 うずくまって誰か座り込んでいるのが徐々に見える。

 きっと彼女だ。


 「MIU!MIU!」

 座り込んでるという事は、転んだのか?

 急いで彼女のもとに行き座り込んで確認する。

 「大丈夫?転んじゃったの?怪我は?」

 ぼうっとしてオレを見上げた彼女についた砂を落として

 顔を覗き込むと涙が流れていた。




 どうして泣いてる?



 「泣いてるの?どこかぶつけた?痛いところは?」



 両手を胸の前で力いっぱい握り締めていた彼女の手をそっと包み込む。

 


 どうして泣いてる?

 君が泣くとおれも泣きたくなる。

 どうしたら君が泣かないように、

 笑顔に戻るように包み込むことができる?

 

 「さっき・・・・まで胸がくるしかった・・・けど、大丈夫になりました。」



 小さな小さな声で彼女が呟く。

 胸がくるしい?

 それは・・・・・・。

 「じゃあ、どうして泣いてるの?」

 ある希望が胸の中に渦巻く。

 それを必死におさえて彼女の涙を親指で優しくぬぐう。

 潤んだ瞳で、じっと俺を見つめてきた。

 「よくわかりませんが・・・・。多分・・・・。」

 「多分?」

 彼女の言葉をひとつも漏らさないように必死に耳を傾ける。
 

 「先輩に彼女がいた・・・から?」

 「俺に彼女がいたらどうして涙が出るの?」

 
 体温と心臓の鼓動が一挙にあがる。

 うれしさがこみ上げて自然と笑顔が出てしまった。


 「だから・・・・よくわからないと言ったじゃないですか。」

 はにかみながら顔を背けるその姿が、あまりにもいじらしくていじらしくて。

 背けた顔をもっと見たくて回り込む。

 「ふぅーん。わからないんだ。」

 思わず口から出る意地悪な言葉の反応も可愛らしく真っ赤になってきた。
 
 そして怒ってる?

 「先輩、あんなに優しい顔してたのに・・・・。もう意地悪になった。」

 優しい顔ねぇ・・・。

 自分ではにやけてるって思ってても

 彼女にはそう映ってるんだ。

 「優しくしてるつもりだけどなぁ。

 今だって誰よりも優しくしてるんだけど。」

 「・・・・・・・。」

 そう。

 だれよりも大切な存在なのに。

 優しくしてるのになぁ。

 意地悪言ってしまうのは、反応が可愛らしいからついからかってしまうだけなのに。

 かなり疑いの目で俺を見ている彼女は、

 きっとオレの気持ちがわかってないんだろう。

 というか、彼女にとってのオレの存在ってどんなんだろうか。

 さっきのセリフを聞く限りいやな存在ではないはず。

 だけど、彼女には付き合っている相手がいる。

 どうしても望みがないとわかっていても誰にも渡したくない気持ちが強くって、

 ほかの人のものでも体が自然と動いてしまうオレがいた。

 


 彼女を、そっと抱きしめ腕の中に閉じ込める。




 「な、なにするんですか!!」

 首を振りながらオレの腕の中で慌ててもがく。

 そんなにオレの腕の中はいやなのか?

 あいつじゃないとだめなのか?

「そんなにオレに抱きしめられるのはいや?」

 いやだと言われてしまったら、多分しばらく立直れないだろうと

 思いつつも彼女はゆっくりと首を横に振った。

 


 よかった・・・・・・。







 それがわかっただけでも安心した。 

「さっき、一緒にいたのは彼女でもなんでもないんだ。

 信じてほしい。」

 一つ一つ、彼女にちゃんと届くように思いを込めて丁寧に話す。

 わかってくれているのか、静かにオレの声に耳を傾けてくれている。

 「オレが好きなのは、MIUだよ。初めてプールで会ったときから

 君のことが好きなんだ。」

 きっと他の誰かを好きな君は気付かなかっただろうけど。

 「君が他に付き合ってる人がいるってわかってるけど、

 オレが君の事を好きだって事は忘れないでほしい。」

 気持ちを伝える事しか今はできない。

 そんな自分が情けないが、

 付き合っている二人を傷つけたいとか

 そんな想いはない。

 ただ、オレの気持ちを知ってもらいたいだけだった。

 彼女は黙ってオレの話をただ聞いていた。




 

 離れがたかったが、あまり彼女とくっついてばかりいると
 
 体に毒だ。

 ゆっくりと離れて立ち上がり手を差し伸べた。

 「もう、遅いから送るよ。

 今日も自転車だろうけど、送るから。」

 せめてそのぐらいはさせてほしい。

 彼女はオレの手の上にゆっくりと自分の手を重ねて
 
 それをじっと見つめた。

 手をつなぐのはいやじゃないらしい。

 それがまたうれしくて笑顔になってしまった。

 彼女の手を引きながら自転車のある場所までぐんぐん歩く。

 手をつないで歩くことが彼女にとってどうであれ

 鼻歌を歌いたいぐらいに浮かれてしまった。

 すると、彼女も一緒に歌っている。


 

 あまりうまくないオレの歌と、


 

 満点の星空のように澄み切った声の彼女の歌が、



 重なり合う。






 めまいがしそうなくらいに、幸せだった。

 
 こんな気持ちは、初めてだった。
  
 
 

  
 

 
 
 


 

 

 

 
 





 
 
 

 
 

 
 

 
 


 

 

 

 



 







 
 
 
 
 

 
 

 
 
 


  









    






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