9.初めての気持ち


 







 side miu











 自分がどこまで走ったのかわからなかった。

 ただあまり運動が得意じゃないからそんなに走ってなくてもすぐに息が上がって

 苦しくなる。




 苦しい。



 苦しい。


 苦しい。



 それは走っているから?

 それとも先輩に彼女がいたと知ったから?

 知ったからといってどうしてこんなに苦しいの?




 だんだんと足が絡まって運動場の真ん中で転んでしまった。

 自分がこんなところを走っていたかと思うとなんだかおかしい。

 おかしいのに座り込んだまま立ち上がれなくなってしまった。

 まるで自分の体が重い重い鉛でできているじゃないかって位に重くて。

 

 いつのまにか息は整っているというのに、

 胸の苦しさは取れていなかった。





 「くるしいよう・・・・。」



 思わずそう呟いていた。


 
 「くるしいよう・・・・・。」



 呟いたからといってよくなるわけでもないのに。




 「くるしいよう・・・・。先輩・・・。」



 何度も何度も繰り返す。




 どうしてこんなに苦しいのかな。



 だれか、答えを教えて。



 「MIU!MIU!」

 後ろの方で私を呼ぶ声が聞える。

 ゆっくりと振り向くと先輩が私に向って走ってくる。

 「大丈夫?転んじゃったの?怪我は?」

 慌てて私の前に片膝をついて座り込んであちこちパタパタと砂を落としてくれた。

 「泣いてるの?どこかぶつけた?痛いところは?」

 



 痛い・・・・所?


 

 いつの間にか胸の前で手を力いっぱい握り締めていた。

 その手をそっと両手でやさしく包み込み、私は徐々に力が抜けてきた。

 「さっき・・・・まで胸がくるしかった・・・けど、大丈夫になりました。」

 あんなに胸が苦しかったというのに。

 先輩の顔を見たら、

 やさしい手のぬくもりを感じたら、

 その痛みは溶けてなくなっていた。

 「じゃあ、どうして泣いてるの?」

 先輩は、まだ疑ってるようにじっと私の眼の奥を見ながら、

 親指で涙をぬぐってくれた。

 


 どうして私は泣いてるのだろう。


 先輩に彼女がいるとわかったから?


 それがどうして泣くことにつながったのだろう。




 「よくわかりませんが・・・・。多分・・・・。」

 「多分?」


 

 「先輩に彼女がいた・・・から?」

 「オレに彼女がいたらどうして涙が出るの?」


 ふわりと温かくなるような笑顔で先輩は私の顔を覗き込んだ。

 そ、そんな表情されると、ま、また胸が苦しくなってきた。


 「だから・・・・よくわからないと言ったじゃないですか。」

 必死にその顔を見ないように背けながら答えた。だけど先輩はそれを許してくれず、

 顔を背けたほうにまた顔を出した。

 「ふぅーん。わからないんだ。」

 さっきまで、あんなに優しい顔をしてたのに、

 いつのまにか、ニヤニヤしてた。

 ひ、ひどい!!

 私だってわからないからこんなに苦しいのに!!

 「先輩、あんなに優しい顔してたのに・・・・。もう意地悪になった。」

 ボソッと私が呟いたことを聞き逃すことなく

 先輩はまだまだ私をいじめる。

 「優しくしてるつもりだけどなぁ。

 今だって誰よりも優しくしてるんだけど。」

 「・・・・・・・。」

 疑いのまなざしで見てると、先輩はにっこりと笑って私を抱きしめた。

 「な、なにするんですか!!」

 もがもがと先輩の腕の中で動いてもびくともせず。

 イヤイヤと首を振り続けていると耳元で先輩の甘い声が聞えた。

 「そんなにオレに抱きしめられるのはいや?」


 びっくりしたけど、いや・・・じゃないかも。

 ゆっくりと首を振ると、また甘い声でささやかれた。


 「さっき、一緒にいたのは彼女でもなんでもないんだ。

 信じてほしい。」

 

 彼女じゃなかったんだ・・・・・。

 


 よかった・・・・・。



 先輩の言葉が、私の心を軽くした。

 

 「オレが好きなのは、MIUだよ。初めてプールで会ったときから

 君のことが好きなんだ。」


 
 私・・・・?


 「君が他に付き合ってる人がいるってわかってるけど、

 オレが君の事を好きだって事は忘れないでほしい。」


 

 ゆっくりと心にしみこむ声で先輩は私を抱きしめたまま話す。

 そして、私を腕の中から放すと立ち上がって手を差し伸べた。

 

 「もう、遅いから送るよ。

 今日も自転車だろうけど、送るから。」

 差し伸べられた手に吸い寄せられるように私の手が重なる。

 重なった手をゆっくりと握り締められそれを呆然と見つめていると、

 先輩はにっこりと微笑んだ。

 


 うわぁ・・・・・・。


 この笑顔を見て好きにならない人はいないでしょ。





 ・・・・・・・。


 す・・・・き?


 


 ああ、私は先輩が好きなんだ。

 


 だから、先輩に彼女がいると思ったとき、

 あんなに胸が苦しくなったんだ。


 これが、人を好きということなんだ。


 なんて切なくて、そして甘いんだろう。


 

 先輩の笑顔を見つめながら、初めての気持ちを自覚した。

 つないだ手から気持ちが伝わってしまうんじゃないかと思うくらい

 ドキドキしてたけど、先輩は涼しい顔で自転車のところまで歩いている。

 鼻歌なんか歌っちゃって。


 私を好きだって言ったくせにドキドキしてるのは私だけ?

 なんだか、ちょっと悔しくなったけど、

 先輩の鼻歌も悪くなかったから私も一緒に歌うことにした。










 上を見上げると輝く星空が、今にも落ちてきそうだった。
 
 







 この景色を私は忘れない。








 

 

 

 
 





 
 
 

 
 

 
 

 
 


 

 

 

 



 







 
 
 
 
 

 
 

 
 
 


  









    






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