8.交差する感情








     side miu









 放課後すぐに向かったレコーディング場にはもうスタッフの人たちは集まっていた。

 制服のまま、すぐに準備に取り掛かり、
 
 マイクの前に立つ。

 
 昨日まではあんなに落ち着かなかったのに今日は違う。

 両手を握り締め、胸に当てる。




 
 『わかった。じゃあ、明日待ってる。

 レコーディングがんばってね。』





 先輩の声が胸に残って、ドキドキしてるのに

 なぜだか落ち着いている自分がいた。





 目をつぶり、深呼吸してヘッドフォンをつけた。


 
 
 



 『はい、オッケ〜。よかったよ〜。』

 マイクからOKの声が流れた。

 よかったぁ。やっとOKもらったぁ。

 昨日はあんなに何度も歌っても納得いかなかったのに、

 今日はこんなにスムーズにいくとは思ってもみなかった。

 ヘッドフォンをはずしながら、安堵の溜息がでた。

 「MIU。すごくよかったよ。

 声に変化がでてたし。」

 プロデューサーの酒井さんが満面の笑みで声をかけてくれる。

 「声・・・ですか?」

 どんな変化があったのかな。

 別に声の調子は悪くないけど。

 「ん〜、なんというか、艶が出てきた。

 今回の曲にすごくあっててさ。

 切なさとか、ドキドキする感情とか表現がね、うまくなった。」

 自分では自覚がないんだけど・・・。

 「MIUの声は透明感があって存在感がある。

 だけど、今の声はそれに付け加え深みが出たんだ。

 聞いていてすぐにわかったよ。

 何か、いいことあった?」

 「いいこと・・・・・ですか?」

 心当たりはない・・・と思うけど・・・・。

 考え込んでいると頭をポンポンッと叩かれた。

 「そっか。じゃあ、今からいい事あるんだよ。」

 そういってにっこりと笑いながら背の高い酒井さんは

 背の低い私の顔を覗き込んだ。

 「いい恋愛でも辛い恋愛でもいい。

 好きって感情は閉じ込めちゃだめだよ。」

 好きって感情?

 「でなきゃ、おじさんみたいになるからね。」

 ちょっと寂しそうな表情をしてチラリと私の後ろを見て

 再び私を覗き込んだ。
 
 「ま、こんな話はどうでもいっか。

 じゃ、お疲れさ〜ん。」

 もう一度私の頭をポンポンと叩いてから酒井さんは去っていった。

 



 ――――――― 好きって感情は閉じ込めちゃだめだよ。




 好き・・・・・。

 友達の好き?

 



 それとも恋愛感情の好き?

 

 

 恋愛・・・かぁ。

 憧れるところはあるけど、

 男の子と二人で話すなんて龍意外で考えられない。

 あ、先輩も。

 先輩は意地悪だし、からかってばっかりで

 なんだか思ってた人とは違ったけど、

 いやじゃない。

 それに先輩の笑顔を見ると、ぽかぽかして安心してくる。

 あの人の笑顔は、特別な力があるような気がしてならない。

 どんなに意地悪言われても

 あの笑顔を見ると・・・・・・・。

 「美歌?どうしたの?にやけちゃって。」

 未来ねぇが不思議そうに私を覗き込んできて、

 そしてにやっと笑った。

 「な、なによ。」

 「べーつーにー。ただねぇ。」

 意味深に私を見つめて腕を絡めて耳元でこそっと言った。

 「彼氏が出来たら私に一番に教えてよ。

 私がよーく観察してあげるから。」

 「なっ。ばっ・・・・・。」

 慌てて未来ねぇから離れて振り向いた。

 「まーったく真っ赤になってかわいいんだから。うちの妹は。」

 「真っ赤になんてなってないもん!!」
 
 「はいはい。わかってるわかってる。」

 「未来ねぇ!!」

 未来ねぇは帰り支度をしているスタッフに声をかけながら帰り支度を始めていた。
 
 仕事モードに入ったらもう何いっても仕方がない。

 深い深い溜息を吐きながら、私も帰り支度をすることにした。









 次の日。

 朝からそわそわして、落ち着かなかった。

 あんなにもやもやしていた感情はいつの間にか消えてしまって、

 今は五分おきに時計なんか見て

 頭は待ち合わせのことばっかり。

 何時に会おうとか決めてないのに、

 時間ばかり気になる。

 携帯の待ち受け画面で何度も何度も時間をチェックしては

 パタンと音を立てて携帯を閉じる。
 
 何でこんなに落ち着かないんだろう、私。

 待ち遠しいわけじゃないのに。

 別に先輩と会うのが楽しみってわけじゃない。

 会ったら会ったで、落ち着かなくなってしまう。

 ドキドキして、

 熱くなって。

 でも、なんだかそれが心地よくって・・・・。

 男の人と一緒にいてこんな感情は初めて。

 竜はもちろん落ち着くし、信頼してるから安心できる。

 だけど、先輩に対しての感情とは違うような気がする。

 何が違うんだろう?

  

 
 そんなことを考えていたらあっという間に放課後になり。

 私は慌てて家に戻りMIUとして着替えた。

 どっちも私なのになんだか変装しているみたいでなんだか変。

 鏡を覗きながらメイクしてセットしてふわふわな自分を作り上げる。

 飾り立てるのはあんまり好きじゃない。

 ほんとはメイクもしたくないくらい。

 だけど、こうしなければ先輩にばれちゃうし・・・。

 いつか、こんなことをしなくてもいい日がくるといいんだけど。

 そう願いながら最後に鏡で全身のチェックをして部屋を出た。





 プールに行くと、誰かの話し声が聞えた。

 もしかしてまだ部活の人たちが残ってる?

 こっそりとフェンス越しに中を覗くと先輩の後姿が見えた。

 「あ・・・、先輩・・?」

 思わず声をかけそうになったとき、

 もう一人の姿が見える。

 「歩。どうしてこんなところにいるのよ。もう、帰りましょう?

 今日はご飯作ってあげるから。」

 先輩の腕を引っ張りながら甘い声がした。

 あの人は、隣のクラスの石橋・・・さん?

 もしかして先輩の彼女?


 

 彼女がいたんだ・・・・。





 プールから、二人から逃げるように私は走り出した。


 自分がなぜ逃げてしまうのかわからずに。
 
 自分がなぜ涙を流しているのかもわからずに。
 
 
 

 
 

 
 

 
 


 

 

 

 



 







 
 
 
 
 

 
 

 
 
 


  









    






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