7.つながる声








   side ayumu




 
 MIUを見かけなくなって数日。

 ついつい携帯を広げるのがいつの間にか癖になっていた。

 かかってくる事なんてないとわかっていてもつい待ち受け画面を眺めてしまうのが

 なんだか女々しく感じていやになる。

 だからその間、自分ができること、やりたいことをやり始めた。

 今まで悩みに悩んで自信を持って出した答え。

 大学に行ってから応募しようかと思っていたが、

 今の自分の感性で撮ってみたいと

 MIUのあの歌を聴いてからうずうずしている自分がいた。

 もちろん、受験前のこんな時期にやることじゃない。

 事情を唯一知っている生徒会の顧問というか、

 担任は最初は驚いていたが、

 「実におまえらしいよ。」

 と一言言ってくれたことは背中を押してくれたみたいで、

 正直うれしかった。

 それに、自分の知り合いだからといって将来役に立つだろう人脈を作ってくれた。

 これから受けようとする大学は自分の学力では余裕だけど

 今からやろうとする事は学力だけではまかなえないところがあるので

 しばらくの間はその人についていろんなことを学ぼうと思った。

 最近は生徒会のほうも徐々に引継ぎしていたため、

 仕事量が以前に比べ減ってきており指示を出す程度になってきている。

 だから学校が終わった後、その人のところに行って夜遅く帰ってくるという日々が

 続いていた。

 





 そんな数日を送っていたら久しぶりに隣の校舎でMIUを見かけた。

 朝、自分の席に着くとき、いつもの日課でMIUの教室を覗く。

 最近淋しそうにしていた彼女の机には学校用のMIUの姿があった。





 今日は来てる。






 そうわかっただけでテンションが上がりそわそわし始める自分がいる。

 「今日は機嫌がいいんだな。」

 目ざとい友人が近寄ってきた。 

 「オレはそんなにわかりやすいのか。」

 自分的にはあまり感情出さないようにしてるつもりなのにな。

 「大丈夫。気付いてるのは多分俺だけ。」

 にっこり賢はわらって俺の机に座った。

 そして何かを見つけるとニヤニヤし始めた。

 「そうか。なかなか浮いた話がない生徒会長様の本命の子リスちゃんが

 やっと学校に来たのか。よかった、よかった。」

 「な、バカ。何言ってるんだよ。」

 止めに入ったオレの声は、始業のチャイムにかき消されてしまった。

 賢のヤツ、おぼえてろよ。




 


 早く放課後になってほしい。

 そう表情に出ていたのか、

 それともそわそわしていたのか。

 一日中、あてられっぱなしだった。

 かったるい。

 教科書を読みながらも彼女の方を盗み見る。

 彼女は教師に頭を叩かれていた。
 
 うわ。いたそ。

 教科書の角だよ、角。

 大人しい彼女が教師に怒られるようなことをするなんて珍しい。
 
 なんだかワタワタしている姿がかわいらしく、

 思わずにやけてしまった。

 真っ赤になって、教科書に隠れている姿なんかいじらしい。

 授業を終えるチャイムがなり、

 明らかにほっとしているようだった。




 彼女を眺めていると、彼女のいる生活がこんなにも今までと違うのかと

 思い知らされる。

 世界が変わったというのは言いすぎだろうか?

 でも表情一つで自分の感情が変わって、

 意地悪になったり、切なくなったり、あたたかくなったり、

 今までなく忙しい。

 忙しくても、この感情を知らないときよりはずっと楽しいし、

 自分が自分らしくいられると感じる。

 特別彼女と多く会っているわけではないし、

 彼女がオレに何かをしてくれたわけじゃない。

 だけど、確実にオレの心を支配していき、日常が変わっていった。

 



 

 昼休み、天気もよかったから屋上に行きご飯を食べてそのままバスケが出来るように

 野郎達と集まっていた。

 いつものように、たらこにぎりをかぶりつき、

 お茶を飲もうとした瞬間。

 


 携帯が鳴った。



 

 待ち受けを覗くと知らない番号。

 誰だろう?

 とりあえず、出ることにした。

 「はい。もしもし?」

 相手は、何も言わない。

 もしかして・・・。

 一番声を聞きたい人の名前を呼んでみる。

 「もしもし?・・・・・MIU?」

 息を呑む音がした。

 やっぱり彼女だ。

 彼女から電話をかけてくるなんてよっぽど何か困ったことでもあったのだろうか。

 でなければわざわざ電話してくるようなタイプでないと思う。

 「何かあったの?どうしたの?」

 大変なことが起きていないか、心配しながら話す。
 
 『あの。先輩・・・・。怪我・・・・大丈夫ですか?』

 怪我?

 何のことだ?

 しばらく考えてやっと意味がわかった。

 彼女のことばかり心配していて自分の状況をすっかり忘れていた。

 そうか、彼女は親に殴られてから今日初めてオレを見たんだ。

 彼女の身に何か起きたのではなく、

 オレのことを心配して電話をかけてきてくれたということを
 
 やっと理解できた。
 
 よかった。

 何もなかった・・・。

 そうわかっただけで大きな安堵の溜息がでる。

 「もしかして心配して電話して来てくれたの?」

 彼女からの電話だけでも浮かれてしまいそうなのに、

 心配してかけてきてくれるなんて思ってもみなかった。

 「MIUに何かあったかと思ってドキドキしたよ。

 よかったぁ〜。」

 本当に何もなくてよかった。
 
 『私は・・・、何もないです。でも、先輩・・・・顔中に痣があって・・・びっくりして・・・。』

 さすがにこんな顔、見慣れてないもんな。

 一応、優等生で通ってるから。

 「はは。見た?びっくりした?でも大丈夫だよ。見た目より案外もう痛みはないんだ。色も引いてきたし。

 これ、実は親とすこしだけ衝突してね。」

 少しだけ・・・ね。

 「まあ、詳しい話は夜にするよ。今日はいつものところ来れる?」

 彼女にはオレの話を聞いてもらいたいと思った。
 
 オレの口から、一つ一つ話を聞いてもらいたかった。

 『今日は、レコーディングは入ってて無理です。

 明日なら・・・・・・。』

 レコーディングか。新曲出来たばっかりだし、

 そのために数日休んでたんだろう、しょうがない。

 それに明日なら会ってくれると言ってもらえた。

 約束できるとは思ってもみなかったから、

 その言葉で十分だ。

 「わかった。じゃあ、明日待ってる。

 レコーディングがんばってね。」

 『・・・・はい。それじゃあ。』

 電話を切って、思わず携帯を空に掲げて叫んだ。

 「やった〜〜〜!!」
 
 すでにバスケを始めていた野郎達は、オレが誰と電話していたのか

 気にも留めていなかったため、

 急に大声を出したオレをびっくりした顔で見ていた。
 
 「歩、大丈夫か?」

 おい。イカれてないって・・・・。

 「お前があんな表情で電話で話すところを見れる日が来るとは

 思わなかったよ・・。

 子リスちゃんに感謝しなきゃな。」

 なんて、いつの間にかオレの隣で泣くふりをしながら賢が座っていた。

 あんな顔って・・・どんな顔だよ。

 思わず片手で顔を隠してしまった。

 それになぜかこいつにMIUと話していることをばれてしまったことが、

 すごく恥かしい。

 きっとデレデレしてたんだろうか。

 「まあまあいいことあったんだからそんないやな顔しない。」

 そういって手を振りながらバスケのコートに戻っていった。

 いい・・・・ことか・・・・。

 


 彼氏がいるから、連絡なんてないだろうと思っていた。

 連絡があることを待っていたくせに。

 だから電話がかかってきてうれしいというよりも

 正直驚いた。

 メールとかは苦手なのかな。

 なんだか彼女らしい感じもする。

 

 彼女の声が、まだ耳に残っていた。



 
 あまい、



 あまい声。

 


 クラクラとめまいがしそうだ。

 生暖かい風と、コンクリートの暑さに酔いそうで。

 オレは、コンクリートに寝転んで空を見上げた。

 




 空は雲ひとつもなかった。
 

 
 
 

 
 

 
 

 
 


 

 

 

 



 







 
 
 
 
 

 
 

 
 
 


  









    






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