05.美女、野獣を無視する。

 





 人って怒ると何でもできるってよくわかった。

 上司で、しかも専務に対して私は無視続けている。

 しかも、二週間も。

 さすがに仕事では必要最低限のことは話すようにしているけど。

 じゃないと、仕事にならないし、プライベートと仕事は分けたいからね。

 だけど、ここでは話す必要が無いと思うんだ。




 「ただいま。」

 「・・・・・・・。」

 当たり前のようにうちの玄関の鍵を開けて入ってくる。

 何がただいまよ。

 ここはあなたのうちですか?

 「いやぁ、今日も仕事大変でしたね。あなたも疲れたでしょう?」

 台所に立っている私にニコニコはなしかけながら、スーツの上着を脱ぐ。

 ハンガーの場所も、それをかける場所も当然知っていて、自分で片付けている。

 「あ、今日は、ハヤシライスですか?おいしそうですね。

 じゃあ、僕がサラダを作りますね。」

 台所で手を洗いながらなべを覗く。

 ネクタイを緩めてシャツの袖を腕までまくり、

 マイエプロンをつける。

 そのしぐさが悔しいけどかっこいい。

 エプロンは黒の無地で、すらりとしたヤツには悔しいけどこれまた似合っている。

 はっ、見とれている場合じゃない。

 よだれが出そうになっていた。

 というか、この状況はなに?

 まるで、新婚さんみたいじゃない。

 私が無視して無言であることを覗くと。

 でも、そんな私を気にも留めずにいろいろと話しかけてくる専務。

 そして手馴れた手つきでサラダを作っている。

 鼻歌付きで。

 











 なんでこんな状況になってしまったかというと。

 そう、初めて食事をした後。

 車の中で散々もてあそばれたのにもかかわらず、

 ヤツはとても感じのいいレストランに連れて行ってくれた。

 ちょっと隠れ家ぽいところもよかったし、

 レストランのオーナーが気さくな人で、どうも知り合いだったらしい。

 夜遅いからって胃の負担にならない物を考えて食事をだしてくれた。

 そして、食事中は意外にもヤツが紳士で。

 初めてヤツと会話を楽しめたと思う。

 仕事の話は一切しないで、友達のことや、親戚のおかしい話をたくさんしてくれて、

 ずっと笑いっぱなしだった。

 そこで気をよくした私がお礼にいつものバーに連れて行った。

 「あ〜。専務さんと華ちゃん〜。いらっしゃーい。」

 リラックスしてるんだか、気が抜けてるんだかいつもどおりのマスターの声におもわず笑顔がこぼれる。

 「あら、また来てくれたの?ありがとう。」

 普通、一日に2回も来ないか。

 「さっきサンドウィッチ、朱里ちゃんがくれたんですよ。

 朱里ちゃん、これお礼ね。」

 専務に説明しながら朱里ちゃんに途中で買ったシューロールを手渡す。

 「あ〜。カワナのシューロールだ。ここのこれが好きなの覚えていてくれたんだ。ありがとうね。

  ささ、二人とも座って。好きなもの作るよ。何がいい?」

 カウンターに促されて二人とも座る。

 「専務は何がいいですか?何でも作ってくれますよ。」

 「そうですか。じゃあ、ビールをベースにした飲みやすいカクテルをお願いします。」

 「私は・・・、抹茶ベースでフローズンカクテルをお願い。」

 最近私の中ではフローズンカクテルが流行だった。

 「華ちゃん、それ好きだねぇ。了解。今作るからまっててね。」

 朱里ちゃんはそういって早速カクテルを作ってくれた。

 「専務、車は大丈夫なんですか?」

 「ああ、さっき取りに来るように連絡したので大丈夫でしょう。

 でも、明日の出張に響かない程度で飲んでくださいね。」

 なんだか、さっきから優しい口調で調子が狂う。

 それにいつもの野獣の目じゃない。

 とても優しい目になってる。

 「華ちゃんの場合、一人暮らしだから誰も起こしてくれないしね。」

 マスターがメロちゃんとともに来ておしぼりを並べる。

 私はメロちゃ〜んといいながら撫で回す。

 「一人暮らしなんですか?」
 
 専務も一緒にメロちゃんを撫でる。

 「はい、そうなんです。最初は両親と一緒に暮らしていたんですが、

 定年退職したら突然カナダで暮らすんだーといって二人で移住しちゃって。
 
 私一人、家に取り残されたんです。」

 そう言ったら専務の目がキラリと光った・・・ような気がする。

 「カナダですか。いいところですよね。そうですか・・。一人ですか・・・。」

 最後のほうは独り言のようになっている。

 気のせいかな?

 ブラックな専務が見えたような。

 「お待たせしました。はいどうぞ。」

 それぞれの前にカクテルが並んだ。

 味もいいけど見た目がかわいいんだよね。

 「じゃあ、乾杯。」

 さりげなくグラスをあておいしそうに飲む専務。

 「おいしいですね。」

 表情を見る限りお世辞じゃなさそう。

 よかった、ここに連れてきて。

 なんだか今日は楽しく終われそう。

 私もニコニコでカクテルを口にした。





 なんて私の考えが甘かった。


 

 けっこう飲んでしまった私はタクシーで送ってもらってしまった。

 「送ってもらってすみません。」

 玄関でさようならしようとしたら手を出している。

 「?なんですか?」

 「鍵を。」

 ああ、鍵ね。開けてくれるんだ。紳士だなぁ。

 素直に鍵を出して開けてもらう。

 玄関を開けて先に入り、電気までつけてくれる。

 ここまでやってくれる人いないよ、普通。

 いやぁ、外国育ちは違うなぁ。

 なんて思っていたら中までついてくる。

 「あの。専務?」

 「ああ、あなたが眠るまでいます。心配なので。」

 なんてハニカミながら言う。

 ちょっとドキドキしてしまった。

 「え、大丈夫です。馴れてますし。」

 「だめです。最近は物騒なので。

  僕はここでテレビでも見ていますので、どうぞシャワーでも
 
 浴びてきてください。」

 何度大丈夫だといってもなかなか聞いてくれない。
 
 頑として私が眠るまで側にいたいらしい。

 私は日本での風習しか知らないけど、

 どうも外国では当たり前だといわれた。

 そうか、それならシャワーでも浴びてこよう。

 「じゃあ、コーヒー入れますね。」

 「ありがとう。」

 コーヒーとお菓子を出して、私はシャワーを浴びた。

 熱いシャワーを浴びながらいろいろと考える。

 人をいたぶったりからかったりしたかと思えば、

 なんだかびっくりするぐらい紳士的だったり。

 よくわからない人だな。

 どっちが本当の専務なんだろう。

 いつもあんなに優しかったらいいのに。

 あんなに優しい目で見つめられると、勘違いしそうだけどね。

 ドキドキしちゃうよね。

 色気があるというか、

 キラキラしていうか。

 はっっ。いかんいかん。

 ヤツの本性は野獣だよ、野獣。

 油断したらバクッと食べられちゃう。

 気合を入れなおして、お風呂から上がった。

 専務は、ソファーに座りながらテレビを見ていた。

 「ああ、あがったんですね。じゃあ、もう遅いからおやすみなさい。」

 当たり前のように、寝室に促されベッドに入れられた。

 「いや、あの。専務。もう大丈夫ですから。」

 「だめです、君が寝るまで側にいるっていったじゃないですか。」

 優しく前髪をいじりながらどうしても譲らない。

 この人は頑固だよな。

 でも、嫌な頑固じゃない。

 布団を顔まで上げて素直に言うことを聞くことにした。

 「おやすみなさい。」

 「おやすみなさい。」

 そういっておでこに優しくキスをして、また髪を撫でる。

 なんだか、その手つきがとっても気持ちよくってすぐに眠ってしまった。




 朝、目覚めると専務はいなかった。

 約束どおり、帰ったんだな。

 紳士だねぇ。

 今までの行為が信じられないくらいに紳士だよ。

 感心しながら仕事に行く準備をした。

 家を出るとき、きちんと鍵がかかっていた。

 なのに、肝心の鍵が見つからない。

 もしかして専務が忘れて持って帰っちゃったのかな?

 しょうがない、スペアキーでかぎ掛けて、出張先で返してもらおう。

 「あ、やばい。時間だ。」

 いつもより早く出なきゃいけない私は慌てて駅に向かった。

 出張先では専務はいつもどおりで。

 一応昨日のお礼を言った。

 いつもよりさわやかな笑顔で「またあのバーに一緒に行きましょうね。」なんて言われて

 ついつい私もつられて頷いてしまった。

 で、肝心の鍵の話をしようとするとじゃまが入り今日は返してもらえなかった。

 しょうがない、明日会社で返してもらおう。

 なんてのんきに家に帰って夕食の準備をする。

 「ピンポーン」

 だれだろ?押し売りかな?

 「はーい」

 ここで確認してドアを開けなかった私も悪かった。
 
 「どうして、確認してドアを開けないんですか?危ないですよ。」

 そういいながらドカドカ入ってくる。

 「え?専務?どうしたんですか?」

 「だから心配なんです。まったくあなたは仕事はしっかりするのに

 プライベートのことになるとガードが甘いから、心配でたまりません。

 よかったです、あなたのご両親と連絡取れて。」

 は?両親?

 「昨日からのあなたの行動はまったくもって危ないことばかりしています。

 だから、私もここに住むことにしました。」

 住む?

 「え。は?」

 「今日、朝一であなたのご両親には了解を得ました。

 後日、仕事のほうが落ち着いたら挨拶に行きましょう。」

 了解?誰の?

 「大体、簡単に男を一人暮らししている家に上げてはいけません。

 昨日は私だったからあんな風に安全でしたが、

 あんな嘘をどうして信じたんですか?」

 嘘?もしかして、女の人が眠るまで、送った男の人は側にいる話?

 つうか、嘘ついた人からなんで私は怒られてるんだろう。

 「それに、鍵も。あんなに簡単に人に渡してはいけません。

 私が悪用したらどうしたんですか?」

 えっと、家に勝手に住むことにした事は悪用じゃないんですか?

 「もう、こんなに不安におもったのは初めてです。

 これからは私がいつも近くで見張ってますからね。」
 
 ニコ。

 あれ、さわやかに微笑んでるはずなのに野獣の目になってる。

 「今日の晩御飯はなんですか?

 僕も手伝いますね。これでも料理は得意なんです。エプロンも持ってきましたから。」

 にっこりと笑って大きなカバンの中からエプロンを出した。

 ・・・・・・・。

 「専務、私に拒否権は。」

 「もちろん、ありません。まだ逃げるつもりですか。いいですよ、逃げても。

 僕は全力尽くして追いかけますので。」

 ニコリと笑ったその目の奥は、

 絶対に獲物を逃さない野獣の目になっている。

 「でも拒否します。」
 
 ここで負けたらダメだ。

 ぐっと睨んで専務の前に立ちはだかる。

 すると、私の側に来たかと思うとキスをした。

 「怒った顔もいいですね。さ、そんなところに立ってないで

 夕食の準備をしましょう。」

 私の顔を撫でながら台所へ向かった。

 キス・・・・・された?

 なに、どういうこと?

 また、からかわれた?

 せっかく、ちょっとだけ、

 ちょっとだけいい人かなって思い始めたのに。

 実は紳士かなって思い始めたのに。

 くやし〜〜〜〜〜。

 絶対、絶対、追い出してやる!!

 



 そう誓っているのに、一向に出て行くどころか、

 私の家にすっかりなじんでいる。

 キス以外は手を出さないし。
 
 家事は手伝ってくれるから何気に助かってる。
 
 しゃべらないけど誰かがいるってことでなんだか安心している私もいて。
 
 これじゃあ、ヤツの思いどおりになってしまう。

 どうにかしなくちゃ。

 そう思いつつ、今日も深い深い眠りについてしまう私だった。


  
 
 

 

 




 

 

 

 

 

 
 

 
 

 
 


  









    






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