03.美女、野獣から逃げる。 「うわ〜ん、メロちゃん〜、慰めてぇ〜。」 逃げ込んだ場所は、私が新人の時から通っているバー。 ここは、静かで、一人でも落ち着いて飲める。 週1回は通って、仕事の疲れを癒している。 わふわふと私の側に来て舐めてくれるのはここのマスターの犬、メロちゃん。 超大型犬グレート・ピレニーズ犬でとってもおとなしい。 白いふわふわの毛に抱きつくと誰もが癒されると思う。 「今日はどうしたの?」 マスターはクスクス笑いながら私達をカウンターの上から眺める。 「もうもうもう〜!!いーやーだー!!!」 周りのお客さんなんか気にしないぐらいさけんでやる! といっても、この時間じゃ誰もいないけどさ。 そう、仕事が終わってから速攻このバーに来たのだった。 「あのね、あのね。」 「どうしたの?華ちゃん。興奮して。」 「朱里ちゃ〜ん。」 後ろから、私の大好きな女の子が声をかけてきた。 朱里ちゃんはここのバーテンで、性格はそこらへんの男よりよっぽど男らしい。 だけど、見かけはとってもかわいらしくて。 その差が、たまんなくってすぐに大好きになった。 大泣きするフリをして朱里ちゃんに抱きつく。 そんな私をよしよしと頭を撫でてくれる。 「まあまあ、これを飲んで落ち着いて。」 マスターが温かいウーロン茶を出してくれた。 「ありがとう。」 おとなしくカウンターに座って出されたものを飲む。 はぁ〜。落ち着く〜。 「この前、会社が合併して専務付きの秘書になったって言ったじゃない? その専務がさぁ、もう大変なのよ。」 あの専務ときたら・・・・・・。 たしかに、あんな失言を吐いたのは間違いだった。 「楽しくないです。」 その一言で、専務が変わった。 豹変したと言ったほうがいいのか。 とにかく、チクチクと私をいじめる。 どうでもいい要件で私を呼んでつける。 あまりにも何度も呼ぶので結局専務の部屋で仕事をすることになった。 昼食会の時なんか、私の腰にいつの間にか手を回してエスコートするし。 それが怖いのなんのって。 「あの、専務。この手は・・・。」 席に向かう途中訴える。 秘書にこの対応はおかしいでしょう? 「なんですか?」 「いや、なんですかじゃなくて、離してもらえないでしょうか。」 「先ほど、僕から逃げれないと言ったじゃないですか。」 確かに、そうですけどね。 って、じゃなくって。 「秘書にこのようなことをされてはセクハラかと。」 その言葉に、びっくりした表情になる。 あ。セクハラは言いすぎか。 やばいぞ。 今度こそ、私の首がやばいかも。 ひやひやしながら相手の反応を見てると。 ニヤリ。 ・・・・・・。 なぜ笑うの〜!! ココ、笑うところじゃないでしょ!! 怖い、怖すぎるよ〜!! 怖いあまりに、逃げ腰になるわたし。 その腰をグッと引き寄せて、 「じゃあ、後で。」 とまたもや耳元でささやかれ開放された。 何で後で? 後で何があると言うのよ〜!! 普通に仕事させてもらえないの? もんもんと考えていたらあっという間に昼食会が終わってしまった。 なんだか、秘書としての仕事をあまりやっていなかったような。 その後も、私を放そうとしてくれなかった。 何とか、仕事を終わらせて速攻ここに向かう。 そう、逃げるかのように。 私のこの話を、聞いていた朱里ちゃんは一言こういった。 「えらい人に気に入られたね。」 気に入られた? 目をつけられたの間違いでしょう? これがいじめ以外になにがあるというの? 「だから、気に入ったからべたべたするんじゃないの?」 「違うよ!そんなわけない!だって、仕事場に恋愛は持ち込まないって言ってたもん。」 そう、最初にそうはっきりと言ってた。 「それに女に不自由してなかったみたいだし。」 あの見た目とお金持ちってだけでもてるでしょ。 「普通にしてたら優しそうだし。」 野獣の目さえださなければ、怖くない。 「普通にって私はいつも優しくしているつもりですが。」 後ろから、嫌な声が。 「それよりも水野さん。忘れ物ですよ。」 おそるおそる振り向くとにこやかに専務が立っている。 「あ、の。何でここが・・・・。」 「ああ、それはあなたが忘れ物をしたから慌てて追いかけたんです。 そしたらここに入っていくのが見えて私も入ったのです。」 じゃあ、全部私の話聞いてたの! ニコニコしながら話す専務の顔が見れなくなってしまった。 こ、こわいよぅ・・・。 「なにやら楽しいそうなお話をしてましたね。」 そういいながら私の手にクリアファイルを渡していく。 「これは明日朝一で使う資料です。忘れてたでしょ?」 明日は出張だったから、これを持って行かなきゃいけなかった。 慌てて会社を出たから忘れてた。 「すみません。ありがとうございます。」 「いえ、いい気分転換になりました。それでは明日。」 にっこり笑って去ろうとする。 マスターが、慌てて専務に声をかける。 「あの、コーヒーでも出しますから飲んでいきませんか?」 バーだと言うのにここはなんでもある。 「ありがとうございます。でも、仕事が残ってますので。」 丁寧に断ってドアを開けて去っていった。 私は呆然とクリアファイルを見つめてしまった。 「まあ、なんというか・・・。いろんな意味ですごい人だね。」 ぼそっと朱里ちゃんがつぶやく。 仕事が残ってるって言ってたけど、まだ仕事するつもりなのかしら。 人を鬼のようにこき使う専務は実は自分も人一倍仕事をしている事を知っていた。 私が帰った後も、遅くまでやってるのだろう、 朝一番で来るといつも飲みかけのコーヒーが置いてあった。 明日、朝早いのにまだ仕事するつもりなのかしら。 時計はもう、8時を過ぎていた。 「朱里ちゃん、ごめん。仕事に戻るね。」 慌ててカバンとクリアファイルを持つ。 「いってらっしゃい〜、頑張ってね〜。」 そういって私にサンドウィッチの入った紙袋を手渡してくれた。 すばやいなぁ。 「ありがとう。また来るね。」 ハイヒールだけど、走って本社ビルへと向かった。 もう誰もいないはずのビルに専務室だけが明るかった。 とりあえず、コーヒーを入れてノックする。 「あ、の。まだお仕事中ですか?」 「水野さん、どうしたのですか?」 パソコンの画面からひょっこりと顔を出した。 「いえ、お仕事残ってるみたいなので何かお手伝いできればと。」 私に出来ることなんて知れてるかもしれないけど。 コーヒーともらったサンドウィッチをパソコンから離れた場所に置きながらそう専務に告げた。 「ありがとう、助かります。」 優しそうな笑顔になる。 これは本性知らなければだまされるな・・・。 「じゃあ、これとこれの集計を・・・・」 まるで、準備してたように次から次へと仕事が出てくる。 準備してたわけじゃないよね・・・。 ノートパソコンを広げながらブツブツ数字を読み込んでる私に向かって専務が言う。 「まさか、自分から来てくれるなんてうれしいです。」 うん?自分からって? 「だって、あんな勢いで逃げるように帰ったから、絶対戻ってこないと思ったんですけどね。 仕事があると言っただけですぐに戻ってくるとは・・・・・。」 ・・・・・・・・? 「いやぁ、あなたは実にいい人ですね。」 ・・・・・・・・。 もしかして、はめられた? 「言ったじゃないですか、僕から逃げられないって。」 そう言った専務の笑顔は綺麗だけど、 いつもの野獣の目になっていた・・・・・。 慌てて逃げようとドアノブに手をかけたが、 やんわりと大きな手がそれを阻止した。 振り向くと、王子顔の野獣が微笑んでいらっしゃる。 逃げ損ねた・・・・・・。