02.美女、野獣に喧嘩売る。





 黒塗りの車が私の前で止まる。ここは、わが社の重役専用のエントランスだ。

 「おはようございます。」

 朝、無駄に笑顔で挨拶してくる専務。

 「おはようございます。」

 なるべく顔を見ないようにしてお辞儀をする。

 顔というより目だろうか、

 あんなに笑顔を作ってるのに目が笑ってないんだもん。

 怖い人だよなぁ。

 「これをパワーポイントでグラフ作っておいてください。

 11時までに。それと、今日の昼食会、君も参加してください。」

 「かしこまりました。」

 ロムを受け取りながら専務の後をついていく。

 その後、エレベーターに乗りながら一日の計画を読む。

 30分刻みで計画される一日は今日も忙しいことを示している。

 最上階の専務の部屋に着くまですべて読み上げ、確認しておきたいことを

 2.3告げ、ノートに書き込んでいく。

 これが、専務の秘書になってからの日課だった。

 




 専務付きの秘書になった事は、元の会社の中ではすごいことになっていた。

 まあ、いやみも言われたけど、しょうがないでしょう。

 なんで選ばれたのかよくわからないし。

 地味にして、自分に迫ってこないような女を選んだのかな?

 それなら、正解だね。

 絶対、あんな男、お近づきにはなりたいと思わないから。
 
 だけど、今までよりも格段仕事が楽しい。

 求められていることが難しければ難しいほど、遣り甲斐があるし、達成感があったから

 恋愛とかよりも仕事のほうが今は私にとって大切だった。

 「さー、今日も気合入れないとおわんないや。」

 椅子を利用して軽くヨガをやって気合を入れなおした。




 「このグラフを見ればわかるように・・・・。」

 真っ暗の会議室で、専務が大画面のグラフをポインターを使ってなにやら重役達に説明している。

 普通、専務とかは報告を受ける側だから自分で説明とかしないんじゃないのかな。

 やっぱりちょっと変わってる。
 
 なんでも自分でやらないと気がすまないタイプなんだろうね、きっと。

 はじめてあったときも、自分で秘書課を見に来てたし、

 笑顔で、きっつい事よく言ってる姿をよく見かける。

 周りの人間がかなり凍ってたりする。

 それを知ってて笑顔で「じゃあ、よろしくお願いします。」と言って去っていくから

 残された人の凍りついた表情がとても痛々しい。

 たまに去るとき、口元がにやけてるときがあるから、

 かなりたちが悪いと見た。腹の中は真っ黒だよ。

 そんなことを考えながら、まじめな表情の専務の横顔を眺めていた私。

 目さえ合わなければ観賞用としていいとは思う。

 スーツのセンスも良いし、
 
 何か鍛えてるんだろう、筋肉も程よくついて手足が長し、

 顔は、黙っていたら王子顔だし。

 うん、いい目の保養だ。

 こんなところで仕事なんかしなくてもモデルで食べていけそうなのに。

 もしかして私みたいに顔にコンプレックスがあるとか。

 そのとき、専務の話が終わり、なぜか私の方を見た。

 慌てて視線をはずす。

 見てたこと、気付いた・・・よね。

 勘違いしなきゃいいんだけどと思いつつ、

 下を向いて資料を見るフリをしていたところ、

 急に視界が明るくなった。

 専務の説明が終わったから、急に騒がしく議論し始めた。

 ああ、この会議も長引きそうだ。

 どんなに討論したってさ、専務の計画には無駄がないし、

 一番能率が良い。

 まして、今までやってきた重役達が役に立たないから

 会社がこんなことになったんだもの、

 そろそろ自分達のやり方がまずいって気付かないのかな。

 頭が固すぎるにもほどがある。

 結局議論しても専務の口にはだれも勝てないくせに。

 議論の議事録を作りながらいつもそう思っていた。

 




 会議が終わり次の場所へと移動する。

 今度は本社に戻って近くのレストランで昼食会に出席だった。

 私も出席するようにいわれてたんだよね。

 正直、めんどくさい・・・・。

 さすがにいつもみたいな服装はダメだろうから、
 
 地味だけど、まともなスーツを着ていこう。

 専務もネクタイを変えたり、午前中のたまっていたメールをチェックするわずかな時間で着替えて一緒に車に乗り込んだ。

 そういえば、専務とこんなに長時間一緒にいるのは初めてじゃないかな。

 いつもは一緒にいても会議か、

 もしくは自分の部屋にこもりっきりだし。

 はぁ。気が重い。

 「君とこうやって一緒にいるのは初めてですね。」

 どうも相手も同じ事を思っていたらしい。

 「そうですね。」

 なるべく会話が続かないように答える。

 「一緒にいるのはいやですか?」

 何言ってるの?この男は。

 「そんなことないですよ。」

 笑顔で答える。

 「ふふ、君って面白い人ですね。目が笑ってないですよ。」

 ニコニコしながら専務も言う。

 いや、あなたのほうが笑ってないですから。
 
 「そうですか?気のせいだとおもいますよ。」
 
 「僕がよそを見ていると見つめているくせに困った人ですね。」

 やっぱり気付いてたんだ!!

 「見つめていたわけではありません。話を聞いていただけです。」

 真っ赤になって言っても多分説得力ないだろうけどさ。

 クスクス笑いながら、私を見つめた。

 くぅ〜。だから、この男は嫌いなんだ。

 そう、初めて会ったときから、なんか嫌いだ。

 私の中では嫌いなほうに確実に分類される。

 こんな人と一緒に仕事しなきゃいけないなんて。

 「ほんと、面白い人ですね。今までの私の周りにはいなかった。

 これで仕事が楽しくなりそうだ。」

 「私は楽しくありません。」

 あ、上司にこんなことを言ってしまった。

 「ふふっ。」

 専務が笑った?

 笑顔の奥になにやら黒いものがキラリと光ったような・・・・・・。

 気のせいか、後ろにも黒いものが渦巻いてるような・・・・。

 「僕と一緒にいて、そんなこと言った人初めてですよ。」

 「す、すみません。」

 やばい。職失うかも・・・。

 「いえいえ、気にしないでください。」

 ニコニコしているその笑顔の奥が〜。

 怖くなってちょっとづつ隅っこに移動する。

 でも、隣に座っていた専務は私が移動すると近寄ってくる。

 「あ、あの・・・。」

 「何ですか?」

 野獣の目がきらりと光っている。

 こわい・・・。こわいよぅ〜。

 そのとき、車が止まった。

 昼食会の場所に着いたらしい。

 た、助かった・・・・。

 先に下りて専務が降りるのをドアの横で待つ。

 「これで僕から逃げられると思わないでくださいね。」

 そっと耳打ちして私の横を通り過ぎた。

 野獣に、喧嘩を売るととんでもないことになるらしい。






 私に明日はあるのか?



 

 

 

 
 

 
 

 
 


  









    






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