6.約束の代わりに













　side miu











　

　どうしよう。

　それしか頭の中に浮かばない。

　きっと先輩のことだから私が誰だか見つけるのは簡単だろう。

　しかも、瑠璃と一緒にいるところを見られてるんだもの、

　ばれるのも時間の問題だろう。

　


　もんもんと考えてもだからといってどうすればいいのか、

　解決策が浮かぶわけでもなく。

　私に出来ることといえば、先輩を威嚇するようににらみつけるだけであって。

　しばらくの間、にらみつけることしか出来なかったから

　クスクスと笑われてしまった。

　「な、なんですか。」

　こんな時に笑うなんて何考えてるのかやっぱり分からない人だ。

　「必死に考えてかわいいなぁって。」

　そう言って私の頭をポンポンッと叩く。

　「意地悪いってごめんね。可愛いからつい・・ね。

　大丈夫だよ。MIUはあんまり知られたくないみたいだから、

　あえて自分から調べたりしないよ。もし分かったとしても

　知らないふりする。

　そのかわり・・・・・。」

　そのかわり？

　「オレのアドレスを携帯に登録して？」

　アドレスを教えろとかじゃなくって？

　「それで何かあったときに、メール頂戴？」

　何かあったとき。

　「うん。だってね、心配なんだよね。

　いつも一人で帰るしさ。だから。」

　私が心配なんだろう。

　先輩の優しさを垣間見て、ちょっと心が温かくなった。

　そしてどきどきする私。
　
　ああ、顔が赤いかも。

　思わず下を向いて顔を隠すと覗き込まれた。
　
　「やっぱりだめ？」

　先輩のその顔は、いつものかっこいい顔じゃなくって、

　捨てられた子犬みたいに眉毛が下がってちょっと可愛くって。

　そんな顔を見せられたら多分だれも断られないと思う。

　「い・・・え。大丈夫で・・・す。」

　そういうのが精一杯だった私。

　携帯をゴソゴソとポッケ取り出して先輩に向ける。
　
　赤外線通信でアドレスと携帯電話番号が届いた。それを登録する。

　グループをどこにすればいいか悩んだ末に新しいグループを作り登録ボタンを押す。

　「どこのグループに入れた？」

　と、覗き込んできた先輩に対してなんて答えたらいのかいいのか迷ってしまいつい、

　「内緒です。」

　なんて強がってしまった。

　先輩の前だとどうしてこんなにいろんな自分がでてくるのかな？

　赤くなったり意地悪になったり。今までだったら人に言われたらそれに流されていた。

　自分の感情を抑えることが多かったから歌にそれを託していたような気がする。

　もちろん瑠璃や龍には思ってることは話してたけどそれとはちょっと感情が違う。

　この感情はいったいなんと呼べばいいのかな。そこまで考えていたら心配そうに

　先輩がのぞきこんでいた。

　「大丈夫？何かあった？」

　いきなり先輩の顔が近くにあったからびっくりして仰け反って後ろにひっくり返りそうになる。

　「ぎゃあ」
　
　「危ない！」

　先輩は私の腕を力強く引き助けてくれた。

　


　助かった。


　


　ふぅっと安堵の溜め息をついたところは、先輩の腕の中だった。

　うわぁ。

　やってしまった。

　慌てて先輩から離れようとしたけど、がっしりと抱きかかえられて

　離れられなかった。

　あたたかい腕の中は、なぜか心地よかったけど、

　この状況はどうかと。

　私の心臓はきっとマックスに活動してるに違いない。

　頭のてっぺんまでどきどきしているのがわかる。
　
　「せ、せ、せ、先輩〜。」

　自分でもおかしくなるほど情けない裏返った声が出て、先輩から離れようと頑張ってみるも

　力が勝てるわけでもなく。
　
　「ごめん、ごめん。びっくりしたから力が入ったみたい。

　大丈夫だった？頭、打たなかった？」

　至近距離で覗き込まれてもう頭から湯気が出てきた。

　「大丈夫ですので。せ、先輩。離してくださぃ・・・・。」

　情けない声で訴えてやっと先輩の耳に入ったらしくようやく離してくれた。

　ああ、もう、びっくりした。
　
　「そんなにいや？」

　ドキドキして両手で頬を覆っていたら真正面から先輩が、

　切なそうな顔をして聞いてきた。

　


　抱きしめられることがいや？

　
　びっくりしたけど、

　
　いやじゃなかった。

　
　でも。

　
　これを答えていいのだろうか？






　思わず見つめ合っていたとき。




　ピロピロ〜




　私の歌の着信音が聞えてきた。

　もちろん、自分の携帯に自分の歌なんかいれない。

　先輩のだ。

　先輩は気にもせずに私を見ている。

　「先輩？携帯鳴ってますよ？」

　「うん、知ってる。」

　じゃあ、とりましょうよ。

　と思ってても先輩は私を見ているだけで、携帯をとろうとしていない。
　
　それでもしつこくなる携帯音。

　自分の声なのになんだか変な感じがした。
　
　いつまでもなる携帯をうんざりしながらポケットから取り出し

　液晶画面を見て溜息を吐いたかと思うとチラリとこちらを見て

　背中を向けて携帯に向かってもしもしと言った。

　


　『歩？どうして電話に出ないの？今、何してるの？』

　


　聞いちゃいけないと思いつつ、聞えた先輩の電話の相手の声。

　はっきり聞えた。

　若い、女の子の声。

　先輩を呼び捨てにした声は、甘えるようなかわいらしい声。


　


　彼女、なのかな。

　



　ドクンと大きく胸を打つ。

　そして、足と手の指先から冷たく感じる感触。

　


　思わず私は荷物をかき集めて立ち上がり駆け出した。













　あれから数日後。

　久しぶりに学校に向う。

　実は、新曲のレコーディングを缶詰状態で仕上げていた。

　曲も、編曲も仕上がっていて、後は音だけになっていたので

　スタッフと一緒に仕上げにかかっていたのだけど。

　私が思うように歌えずなかなか進みが悪かった。
　
　感情がうまく乗らないと声が生きてこなかった。

　とりあえず、学業と両立ということになっていた私は、いったん授業に出て

　夜にレコーディング再開することにした。
　
　未来ねぇも気分転換になるだろうしとも言ってくれた。

　先輩から逃げるようにして帰ったあの日から、

　私の胸の中はモヤモヤ感でいっぱいだった。

　なんでこんな感情があるのか、わからないまま仕事をした罰だろうか。

　ちっともいいものができない。
　
　これじゃあ、プロとして失格。
　
　窓際の私は外を眺めながら窓のヘリに腕をだらんと落としていたけど、

　ムクッと起き上がり気合を入れなおすために両手で頬を２、３回叩いた。
　
　
　

　う、いたい・・・。


　「何やってんのよ。ミー。」

　「腫れてるぞ。」

　私の奇妙な行動をみていた双子はそれぞれ違う言葉で声をかけてきた。
　
　「おはよう・・・・。ちょっと気合を入れようと思ってね。」

　「あのねぇ、久しぶりに学校に来たかと思えば可愛い顔になんてことを・・・」

　瑠璃はまるで自分が痛いような表情をしながら赤く腫れた私の両頬をさすってくれた。

　竜は、私の机に座ってじっとこっちを見ていた。
　
　「ん？なに？竜。」

　竜はすっと外に向って指差した。

　その先には、向い側の校舎にいた先輩の姿があったけど、なんだかいつもと違った。
　
　


　「あ。」


　よく見ると、先輩は顔のあちこちにまるでボクシングの試合の後のように

　殴られているあざがあった。

　



　先輩に何があったの？