1.月夜





 side miu






 「お前は、オレの言うことをきけばいいんだ。」

 毎日、毎日、父の口から出る言葉。

 ただそれを守り、人形のように生きる日々。

 まるで、深い深い海底に沈んで、ふわふわと流されて生きる。

 それが、彼と出会うまでの私だった。






 カメラのフラッシュが私の顔を何度も照らす。

 「お疲れ様〜」と声をかけられペコリと頭を下げる。

 「今日も可愛く撮れたよ。でも瞳しか使わないなんて勿体ないなぁ。」

 カメラマンの小松さんはいつもそう言う。

 確かにいつもはまっすぐにしている髪もふわふわに巻いてもらって、

 うっすらとかわいらしくメーク、

 そしていつもはカラコンで黒にしているのに本当の瞳の色である水色を出している。

 真っ白のノースリーブのワンピースがとても夏っぽくて気に入っていた。

 それでも。

 「いいんです。顔なんか出されたら歌わない約束だから。」

 視線を合わせないように答える。

 「親父さんも悔しがったろうに・・・・。」

 カメラを片付けながら溜め息つかれた。

 顔がばれたら私は、はずかし過ぎて死んでしまう。

 歌えればいい。ただ、歌える環境さえあれば生きていける。

 「美歌(みう)ちゃん、帰るわよ〜。小松っちゃん、お疲れ様〜。」

 マネージャーである二番目の姉、未来ねぇが迎えに来た。

「小松さん、お疲れ様でした。」

 と頭を下げてスタジオを後にする。

 衣装は気に入ったので買い取った。

 なので、そのまま帰ることにした。

 未来ねぇの車の助手席に乗り込み、窓から街明かりを見つめる。

 都会のネオンが流れていくのを見るのは好きだった。

 「今日はこれで仕事終わりだけどどうする?ご飯でも食べに行く?」

 ご飯よりも曲書きたい、そんな気分だった。

 「ごめん、いつもの所に連れて行ってくれる?」

 「何?曲書けそうなの?」

 未来ねぇの質問にこくりと頷く。

 「わかった。でも気をつけてよ。」

 そう言って車を目的地までまわしてくれた。

 「じゃあ、終わったら電話頂戴ね。」

 ギターを取り出し、車のドアを閉めながらコクリと頷いた私を見て車は静かに前に進んだ。

 ここは私が通っている水の森高校の第二グラウンドの出入り口。

 そこからトコトコとグラウンドを突き抜けて行くとプールに出る。

 フェンスを乗り越えてプールサイドに座る。

 脚は水に浸して、しばらく空を見上げる。

 今日は、満月だ。

 もう夏の始まりというのに、風が少し涼しくて、とても気持がいい。

 「あ〜。」

 声を出す。

 ん、喉の調子もいい。

 ICレコーダーを録音状態にセットする。

 アコースティックギターをケースから取り出し、少しひいてみる。

 さっきから頭の中にある音楽が指先からどんどんとこぼれ落ちた。

 それに自分の声を乗せる。

 すると、漠然としていた音楽が形になって歌詞が浮かび上がる。

 静かなプールに自分の声とギターの音だけが響き渡り、

 とても心地よかった。

 この場所で、こうやって歌うのが私にとって一番の幸せだった。



 それなのに。







 「そこにいるのは、誰?学年とクラスは?」

 その声に驚いて振り向く。

 あれは・・・・、生徒会長だ。

 確か、3年の町田 歩先輩。

 町田先輩はプールの外にいたけど、入り口に向って走ってきた。

 やばい。逃げなくちゃ。

 今なら、光が月明かりしかないからこっちの顔はばれていない。

 ギターとレコーダーをあわてて拾い集めて入り口と反対方向に向う。

 その瞬間。

 町田先輩の手が私の手首を掴む。

 「君、ここの学校のひ・・と?

 あれ、もしかしてMIU?」

 ばれてしまった。どうしよう。

 まさかこの時間の学校に人がいるなんて・・・。



 

 私は、数年前からシンガーソングライター「MIU」として、活動していた。

 顔、履歴、正体一切不明にしている。

 というのも、私が人前だとあまりのも緊張してしまって声がでなくなるから。

 じゃあ、なぜ歌手なんかと思うところだけど、

 自分の父親が芸能プロダクションの社長をやっているおかげで

 私の声に目をつけられ無理やりプロになることになった。

 私はただ一人で歌いたかったのに。

 だけど、父には逆らえなかった。

 自分の意見なんかとてもじゃないけど言えない。

 ひたすらおびえている私を見かねて未来ねぇが、

 どうにか父に交渉してくれて顔は目だけ出すことにし、あとのプロフィールなどは

 一切秘密ことにしてくれた。
 
 しかも、私のマネジャーになることで、父はその条件をのんだのだ。

 未来ねぇは昔から芸能界が大嫌いだったが、父は姉の頭の良さで会社を継いでほしかったので、

 マネージャーから勉強してほしかった。

 私は申しわけない気持でいっぱいになり泣きたくなった。

 それでも未来ねぇはいつも私のことを一番に考えて助けてくれた。

 そしていつもこう言ってくれた。

 「美歌の歌声は、みんなを幸せにするの。

 だから、いっぱい歌ってみんなを幸せにしてね。」

 そういってくれる未来ねぇに私が出来ること。

 それは、歌うこと。

 未来ねぇを幸せに出来るくらいたくさん歌うこと。

 だから、今、歌手活動が失われるわけにはいかなかった。






 町田先輩は私の反応を見ているようだった。

 どうしよう・・・・。

 おろおろしている私を静かに見ていたけど、急に手を離してくれた。

 「ごめん、急に掴まれたからびっくりしたよね。

 痛くなかった?」

 掴まれた手首は痛くなかった。

 首を振る。

 「よかった。」

 そう言って笑顔になった町田先輩を思わず見とれてしまった。

 




 なんて優しく笑う人なんだろう・・・・・・。





 心の中で、ドクンと音がした。







 
 

 


   




 


 

 

 

 
 

 
 

 
 


  









    






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