10.美女、野獣と・・・・・・・。








 


 

 プロポーズの返事も、

 自分の気持ちもつたえず、

 二週間が経ってしまった。






 彼とは相変わらず同棲生活を続けているけど、

 以前と違って少しは楽しくなってきた。

 鎖のようにかかっていた魔法がとけてしまって、

 新しい自分が出てきたような気持ち。

 素直になるのはなかなか難しいけど、

 以前よりずっと私らしく過ごせていると思う。

 服装は地味な方が実は自分にあってるってわかってきた。

 もちろん、眼鏡だってそう。

 コンタクトは正直疲れる。どうもドライアイぽいから、こまめに目薬しなくちゃならない。

 化粧は昔よりするようにはなったけど、ベタベタ塗りたくるのはどうも

 気持ち悪くなってきた。数年、あまりしなかったからしないほうが楽。

 というわけで、見た目はあまりかわらない。

 でも、それが自分の自然な姿だってわかっただけでも、

 私にとっては大きな一歩だった。

 みかけにあんなにこだわった自分がバカらしいけど、

 それがあったから自然な自分というのがわかったのかな?

 だから、いやな思いでも今の私には大事なことだったんじゃないかって思えるようになった。

 そう専務にも家のソファーでゆっくりくつろいでいるときにボソボソと話したら

 うれしそうな顔で私の頭を撫でてくれた。

 もう、そんな年じゃないのにね。

 だけど、こうやってどんな私でも受け止めてくれる人がいるというのはこんなにも

 満たされる気持ちになるってこの人は私に教えてくれた。

 こんなにも暖かい気持ちになることを。




 

 

 

 とある、大きなホテルの控え室。

 「はぁ〜。」

 ドレスの前でため息をつく私。

 このドレス、何気に腰まで開いていて足のところにはスリットが入ってるし、

 胸も大きく開いてる。

 色はかわいいオフホワイトで上品に見えるけど、

 じつは凄いデザインだと思うのですが。

 いつの間にか私がこのドレスを着ることになっていた。

 私はスーツを持ってきたのに。

 もちろん選んだのはあの野獣、もとい専務。

 満面の笑みで、

「これを着たあなたが見たいです。」

 なんていってこのドレスを持ってきたあたり、確信犯だね。あれは。

 ここでいつまでも悩んでいたいところだけど、

 どうにもそう言ってられないらしい。

 使い捨てコンタクトも化粧道具ももちろんすべて準備はしてある。

 なのに、体が動かず。

 仕事の一環というのにどうしてここまでするんだろう?

 ただの誰かのパーティって言ったよね。

 秘書なら秘書らしくスーツで行くべきかと思うのですが。

 コンコンと部屋をノックする音が聞えた。
 
 まだ、着替えてないからいいか。

 「どうぞ。」

 ひょっこり顔を出したのは、綺麗なピンクのカクテルドレスを身にまとったなつちゃん。

 さすが、お嬢様。似合うね〜。

 「あれ、水野さん。まだ着替えてないんですか?」

 「なつちゃん、来てたの?」

 誰も知り合いがいないと思ってたから、驚いた。

 と、同時に安心した。

 「なーに言ってるんですか。今日は、うちの取締役と王子の・・・とと、

 一族で大切なパーティじゃないですか。ささ、着替えてください。」

 なにやら、気になる言い方。

 「なつちゃん。なにかかくしてない?」

 167センチの私が150センチちょっとしかない彼女を上から見下ろす。

 「だいたいこのパーティの主旨をきいてないのよね。

 昨日、いきなり専務が急にパーティ出席することになったから
 
 空けておくようにとしか聞いてないし。

 私が出席するから仕事がらみなんだろうけど、

 なんだかおかしくない?」

 笑顔で聞いてみた。

 「そ、それは・・・・・。」

 明らかに視線が泳いでる。

 何か隠してるな。

 ちょっとづつ彼女を追い詰めてみる。

 無言で圧力をかけてみても彼女はただ首をかしげるばかり。

 コンコン。

 チッ。邪魔が入った。

 なつちゃんは助かったとばかりにドアに駆け込んだ。

 「わかりました。すぐに準備します。」

 ドアの前は誰だかわからないけど、なつちゃんの態度が変わったから上の人かな?

 話しが終わったらしくすぐに駆け寄ってきた。

 「ささ、水野さん。遊んでないで着替えましょう。

 ドアの前で専務が首を長くして待ってますよ。王子スマイルで。」

 さっきのはヤツだったのか。

 いやだなぁ。

 スマイルっていってもこめかみには怒りマークついてるんでしょ?

 おおかた準備が遅いから文句いってるんだろうけど。

 ブツブツと文句をいってもなつちゃんには聞えず。

 「ささ、着替えてください。」

 と、ドレスを目の前に押し付けてきた。

 はぁ。観念するしかないか・・・・・。

 でもこんな格好するの、何年ぶりだろ。

 ドレスに着替えて、メイクをして・・・。

 「はぁ〜。やっぱり水野さんて、きれいですねぇ〜。」

 ため息をつくようになつちゃんが言う。

 「最近磨きがかかったみたいだし。専務のおかげで。」

 「な、なにいってるの!」

 後ろから髪をセットしてくれていたなつちゃんを睨む。

 「そんな、今更ですよ。もう、同棲してるって会社の人たちも知ってますよ。

 それに、今日だって・・・。あ。」

 「今日がなに?」

 振り向いた私を無理やり両手で前向きにする。

 「何でもありません。さ、アップはこんなものでいいですかね。」

 彼女のセットは完璧だった。

 背中の開いたドレスに無造作にアップした髪は、

 上品なしあがりになっていた。

 「すごい・・。ありがとう。なつちゃん、プロ級だね。」

 「はは、好きなんですよ。こういうの。さ、水野さん。行きましょう。」

 さっと片付けてなつちゃんが促した。

 ドアを開けようとした瞬間、

 「水野さん。自信持ってくださいね。」

 と言われた。

 急にどうしたんだろう。

 自信?

 「大丈夫。水野さんは水野さんです。

 地味な水野さんも綺麗な水野さんも。

 誰よりも一生懸命に頑張ってる水野さんに変わりないです。

 みんな私の好きな水野さんなんですから。」

 そういってトンッと背中を押された。

 よろよろと前に出ると、専務が受け止めてくれた。

 「どうしたんですか?
 
 泣きそうな顔して。」

 泣きそう?
 
 ああ、私泣きそう。

 なつちゃんは知ってたのだ。

 私がいままでどんな気持ちでいたのか。
 
 話さなくても読み取ってそれで私を励ましてくれたのだ。

 私よりずっと年下なのにすごいなぁ。

 ぐっと涙をこらえる。

 ここで泣いちゃったらせっかく彼女がセットしてくれたのが無駄になる。

 「ううん、大丈夫です。」

 にっこりと笑ってそっと専務の腕を放す。

 しばらく私の顔を見つめていた専務も納得してくれたのか、

 「じゃあ、そろそろ行きましょうか。

 そろそろ主役が行かないとね。」
 
 といって私をエスコートした。

 長い長い紅い絨毯のひかれた廊下を歩く。

 「主役?何のことですか?」

 そう聞こうとしたら、唇をふさがれた。

 軽い、触れるだけのキス。

 「いつも綺麗ですけど今日は一段と綺麗ですね。

 他の男に見せるのがもったいない。僕から離れないようにしてくださいね。」

 頬を優しく撫でられる。

 緑色の瞳は深い深い色になり吸い込まれそう。
 
 甘くとろけるような微笑は、いつもの彼と違って

 体中が熱くなってくる。
 
 「そんな顔をしないでください。今すぐ、連れて帰りたくなりますから。

  今からあなたと僕は大仕事しなければいけないのですよ?」

 大仕事って・・・。

 「専務、これって仕事なんですよね。どうして・・・。」

 シイッと人差し指を立てて私の口に当てた。

 「質問は受け付けません。あなたは僕の仕事をフォローするのが仕事でしょ?

 だから、今からの仕事も僕のフォローをしてください。」

 むぅ。だから、その仕事の内容を聞きたいのに・・・。

 頭のてっぺんにチュッとキスを落として、

 「さ、覚悟を決めていきますよ。」

 そういって大きな扉を開けた。

 

 

 

 扉の向こうは、大きな大きな大広間だった。
 
 まるで、誰かの結婚式みたいに綺麗な花で飾られている。

 ビュッフェタイプでたくさんの人が立って飲んだり食べたりしながら話をしている。
 
 みな、上品な服装で、上流階級という感じがする。

 私にはあわないなぁ。

 なんて人事のように眺めていた。
 
 「ダニエル!」

 誰かが、専務に気がついて声をかける。

 「探したぞ、準備はもういいのか?」

 あれ、この人って・・・。

 隣にいた私に気がついてびっくりしている。

 「あれ?ダニエル。この人は・・・。」

 「秘書をやっております、水野です。」

 お辞儀をしながら頭で思い出す。
 
 この人は専務の叔父に当たる人だ。

 何度か、本社で見かけたことがある。

 なんで本社に用事があるのかは知らなかったけど。

 「秘書・・・。あの秘書か?」

 いつもの私を知ってるのなら当然のリアクションだろう。

 「ええ、彼女です。」

 にっこりと私の腰に手を回しながら紹介した。

 「ダニエル、秘書にそんな・・・。」

 「叔父上。」
 
 目が、目が、怖くなってる〜。

 なんで自分の叔父を威嚇してんのよ〜。

 二人のことをハラハラしながら交互に見つめるしか出来ない私。

 すると、後ろのほうから黒いスーツを着た係員がそっと専務に声をかけた。
 
 専務はわかったと小さくうなずいて叔父にむきあう。

 「すみません、叔父上。僕は準備がありますので。失礼。」
 
 言うだけ言って私の腰を持ったまま、なにやら前のほうに進む。

 わけがわからない私はただ専務に連れて行かれるがままになってしまった。

 行き着いた先には、なつちゃんと取締役が立っていた。
 
 こっちに気がついた二人はにっこりと笑う。
 
 ああ、なつちゃん、助けて〜。

 「遅かったわね、叔父様たちお怒りよ。」

 なにやら楽しそうに話しかける。
 
 「ふふ、そうですか。」

 まるでなんとも思ってないように笑っている。

 なんだか、こわいよ〜。

 『みなさん、お集まりのようなので、ここで主催のブリキューズ会長の挨拶となります。』

 ブリキューズ?会長?

 おもわずとなりの人を見上げる。
 
 涼しい顔して前を見ていた。

 「専務?あのこれって・・・。」

 『皆さん、こんばんは。今日はお忙しいところ、我が孫ダニエル・jr・ブリキューズと、

 現在大八木電子部品株式会社代表取締役 大八木澄子の婚約発表のためにお集まりありがとうございます。』

 孫って、専務のことだよ・・・ね。

 取締役と婚約?

 そんなこと、今まで一言も言ってなかった。

 それなのに私にプロポーズしたの?

 頭の先までカーッと血がのぼる。

 だけど、頭の中は真っ白で。

 立っている二本の脚に力が入らなくなる。

 その時、専務が私の手を握った。

 強く強く握る。

 しばらくその手だけをただ見つめていた。

 『〜では、ダニエル、澄子さん。挨拶を。』

 急にこっちに話をふられて驚く。

 専務は私に優しく微笑むと、私の手を引いてステージに向った。

 「せ、専務?あの・・・。」

 どうすればいいのかわからなく、思わずなつちゃんと、取締役のほうを見た。

 取締役は楽しそうに手を振ってる?

 その横には、大きな男の人が立っていた。

 無理やりステージに乗せられ眩しいほどライトがあたる。

 手をつないだまま、専務は片手でマイクの高さを直し一度私を見る。

 そして、何かを企んでる、そういつもの野獣のような目をして、

 にっこりと微笑む。

 ああ、なんだかこわい・・・・・。

 「ただいま、ご紹介をあずかりました、ダニエル・jr・ブリキューズです。

 今夜はお忙しい中お集りいただいてありがとうございます。

 先ほど、祖父が申しておりましたように婚約者を紹介したいと思います。」

 こ、婚約者?

 まさかよね・・。

 「隣にいます、水野 華さんです。」

 名前を呼ばれると同時に、カメラのフラッシュがたかれる。

 うう、まぶしい・・・。

 勘弁して。
 
 「彼女は、今は僕の秘書をやってもらっています。

 彼女ほど、僕が働きやすい環境に整えてくれ、

 僕をたててくれ、かつ僕に唯一対等に意見を述べることが出来る人物です。」
 
 にっこりと私の方を微笑みながらマイクに向ってつらつらと述べた。

 「一部の人間の間に、僕と大八木澄子さんが婚約するといううわさが流れましたが、

 全くの事実無根です。彼女にもちゃんと婚約者がおり、

 この会場に来てもらってます。澄子さん、どうぞ。」

 専務に促されると取締役がさっきの大きな熊みたいな男の人と一緒にステージに上がってきた。

 にっこりと私の方に微笑んでマイクの前に立った。

 そして笑顔で男の人を自分の婚約者として紹介し、

 現在は彼と二人三脚で会社を立て直していることを述べた。

 ライトにあてられた彼女は、いつもの怖いイメージではなく、

 キラキラと輝いて見えた。

 




 


 「で。みなさま。私に内緒にして、どういうことですか?」

 パーティ中は、一応おとなしくお祝いを述べる人たちに対応していた。

 子どもみたいに、慌てふためく年じゃないし、

 専務の立場を一応立てて、仕事の一環として対応した。

 だけどね、すべてが終わったら言う事は言わせてもらいます。

 私が着替えた控え室に専務と取締役とその婚約者、なつちゃんが集まった。

 「あのですね、別にだましたとかじゃないんですよ?」
 
 なつちゃんがお茶を入れながらあわてて言った。

 「そうそう、落ち着いてね。水野さん。」

 取締役はニコニコしている。

 「そうそう、怒ると綺麗な顔が般若になりますよ。」

 一言余計です、専務。

 「あの、この二人は婚約してたのではないのですか?」

 熊、訂正、取締りの婚約者は驚いている。

 「してません。全くもってしてません。」

 「ほらぁ〜、やっぱり水野さん怒っちゃったじゃない。

 だから、ちゃんと答えもらってからやったほうがいいって言ったでしょ?」

 取締役は専務にブツブツ言っている。

 「ああ、大丈夫です。問題ないです。」

 「いや、問題ありますから。
 
 大体、プロポーズの返事もしてないじゃないですか。

 私の気持ちも伝えてないんですよ。

 なのに、それをとんでなんで婚約ですか?」
 
 「結婚するからです。」

 ・・・・・・・。

 わなわな怒っている私を取締役があわてて抑える。

 「あのね、私とダニエル、無理やり結婚させられるところだったの。

 どんなに抵抗しても無理やり婚約パーティーまでご丁寧に準備されてね。

 だけど、お互い恋人がいたからぎりぎりまで内緒にして

 紹介しようってことを計画したの。

 私、あなたとダニエル結婚する予定だって聞いてたから・・・・・。」

 予定って・・・。

 「とにかく、ダニエル。ちゃんと話し合って。

 なつちゃん、熊、行きましょ?」

 あ、熊って呼んでる。やっぱり熊なんだ。

 熊さんはにっこり笑って取り締まりと一緒に部屋を出て行った。

 なつちゃんも口ぱくでがんばってと言って出て行った。

 がんばれって・・・。いったい何を。

 しんとした部屋に、

 二人きりになってしまった。
 
 き、気まずい・・・。

 でもでもでも、専務が絶対悪いんだもん。

 私は怒っていいはずだ。

 「華。」

 いつの間にか、隣に座っていた専務が私の手を取る。
 
 「じゃあ、華は僕と結婚するのはいやなんですか?」

 悲しそうな瞳をしてこっちを見つめる。

 「いやとか、そういうことじゃぁ・・・・・。」

 「それに、今回の婚約パーティは華のことを思って黙って計画したのですよ?」

 私のこと?

 「知ってたら来ないでしょ?」

 絶対に行かないけど。

 「それに先に言ったら緊張したでしょ?」

 確かにそうだけど。

 「あの婚約パーティは新聞社とか、雑誌の記者が来てたんですよ。

 これで、あなたが幸せなことみんなに示すことが出来たじゃないですか。」

 この前のこと。

 本気だったんだ。

 「ね。」

 ねって。

 私の手を握ってニコニコしている。
 
 この笑顔に流されそうになる。
 
 「ごまかさないでください。」

 「じゃあ、華の返事を聞かせてください。」
 
 急に真剣な声に変わった。

 「ずっとあなたからの返事を待ってました。

 これでも毎日、気が狂いそうなくらいに辛かったんですよ。

 あなたは側に近寄ってくるようになってきたのに、
 
 ちっとも返事をしようとしてくれない。

 望みがあるのか、望みがないのかさえ全く読めない。
 
 僕はあなたにふさわしくないですか?」

 なんだか、いつもの専務と違った。

 「まあ、無理やり秘書にしたり、家に押しかけたり、

 いじわるばっかりしてるからあまり望みはないでしょうが。

 でも・・・。」

 私の手をしっかりと握りなおしてじっと見つめた。

 「僕は、あなたを愛してます。

 一生、僕はあなたを信じます、あなたも僕を信じてくれませんか?」

 


 涙が止まらなかった。



 

 そうか、私は信じられる人がほしかったんだ。

 信じてくれる人がほしかったんだ。

 見かけとか、関係なく自分という人間を信じてくれる人がほしかったんだ。




 

 専務の手を振りほどき、そっと首に抱きついた。

 そして、ぎゅっと力をいれた。

 「どんな私も信じてくれるんですか?」

 「信じますよ。」

 クスクス笑ってる。

 「どんな私でも好きでいてくれますか?」

 「好きですよ。」

 私の顔を見てふわりと笑った。

 「嫌いになってくださいと言われても受け付けません。

 逃がしてくださいと言われても逃がしませんから。」

 ああ、この人からは逃げるのは無理だろうな。

 「専務から逃げるのは不可能ですね。」

 「不可能です。」

 おでことおでこをくっつけてクスクスと笑った。

 「私も好きです、専務。」

 そういって、私からキスをした。













 「メロちゃ〜ん。なぐさめて〜。」

 いつものお店に泣きながら駆け込む私。

 「なに?またいじめられたの?旦那さんに。」

 「まだ、旦那じゃないもん。ビール頂戴。」

 朱里ちゃんに言いながらカウンターに着く。

 「まったく、どうせ敵わないんだから喧嘩しなきゃいいのに。」

 「だって、ひどいんだよ。やっぱ、野獣だよ。野獣。」

 ねーってメロちゃんに話しかけながら頭を撫でる。

 「野獣って、あんな男前でやさしい旦那さん捕まえてさぁ。」

 ありえないでしょって言いながらビールを出してくれた。

 「だってね・・。」

 「華。」

 ああ、後ろから恐ろしい声が。

 「あー、専務さんいらっしゃい。何飲みます?」

 「ああ、まだ仕事が残ってるのでいいです。ありがとう。

 さ、華も帰りますよ。」

 「いいです。自分で帰ります。子どもじゃありませんし。」

 ふーんと冷ややかな目で見つめられた。

 「わかりました。じゃあ、僕は会社に戻りますので。

 多分、今日は帰れないですから。それじゃ、華をよろしくお願いします。」

 やけにあっさりと帰っていった。

 「いいのぉ?まだ仕事頑張る人にあんな態度して。」

 確かに、最近帰りが遅かった。
 
 ちょっと疲れてるみたいだったし・・・・。

 「ごめん、朱里ちゃん。また来る。」

 ビール代だけ置いてあわてて追いかける。

 店のドアを空けると専務が立っていた。

 「せ、専務?」

 ニッコリと笑ったその目は、野獣の目に変わっていた。

 「華はほんと、素直でいいですね。」

 「あれ、仕事は?」

 「仕事?たくさんありましたが、あなたが帰ってくるなら明日で大丈夫です。

 もともと明日でよかった仕事ですから。」

 ああ、またやられた。

 なんて、学習能力がないのだろう。

 自分の頭の悪さにほとほと参った。

 そんな私に優しく手を差し伸べて、

 「さ、帰りますよ。僕達の愛のお城へ。」

 王子顔で真顔で言われて爆笑してしまった。

 全くこの人は。

 「しょうがないですね。帰りましょう。」

 そういって二人手をつないで仲良く家に帰った。

 


 


 ねえ、専務。

 いつまでもこうして手をつないで帰りましょうね。




 


 
 

 


 




 


  









    






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