09.美女、野獣に笑顔をもらう。

 







 「はいどうぞ。砂糖もミルクもいらなかったですよね。」

 手渡されて素直に受け取る私。

 コーヒーの好みも言ってないのにやっぱり知ってるんだ、この人は。

 ゆっくりと一口飲む。

 「おいしい。」

 自然と口から出た言葉にうれしそうに微笑む。

 「よかったです。」

 そういって私の横に腰掛けて彼もコーヒーを飲んだ。

 いつの間にか専務だけガウンを着ていた。

 シャワーでも浴びてきたのだろう。石鹸のにおいがする。

 未だに何もきていない私はシーツを上まで上げて膝をかかえて

 隣に座った専務を見つめた。

 ホント、王子顔よね、この人って。

 周りに金髪の人っていないし、

 こんなに綺麗な翠の瞳をした人ももちろんいない。

 御伽ばなしから飛び出してきたみたい。

 「専務は見かけだけで判断されたことってありますか?」

 「見かけだけってたとえば?」

 私の質問にもちゃんと答えてくれるらしい。

 「たとえば、性格とかどうでもいいから連れて歩くのに

 見掛けがいいからつきあってほしいとか。」

 「あ〜、そんなのはよくありますよ。というか、

 そんな人ばかりでしたね。今までは。」

 そっか、専務も一緒なんだ。

 「そんなときはどうしてました?」

 「そうですね、適当にあしらってました。」

 適当って・・。この人らしいといえばこの人らしい。

 「仕事とかではどうした?」

 「仕事ですか?んー、若いから馬鹿にされる事は多々ありますよ。今でも。」

 そうなんだ、そんなふうには全く見えなかったけど。

 どっちかというと、無能なオヤジたちを手玉に取ってるように見えてたけど。

 「だから、とことん仕事して、相手にも納得した上で操作するようにしてます。」

 操作って、アンタ・・・・。

 「華の場合はどうだったんですか?」

 「私の場合ですか?」

 うんとうなずいて私を見つめた。

 曇りのない綺麗な瞳だった。

 「私の場合は・・・・・・・。」






 小さい頃から、はっきり言って私はモテた。

 自分で言うのもなんだけど。

 理由が綺麗だから。性格は全く関係なかった。

 だから、付き合った相手は私をアクセサリーのように連れてまわって

 優越感に浸っていた。

 たまに我儘言うと「美人はこれだから疲れる。」といってすぐに別れられた。

 私も同性の友人がいなかったから付き合ってといわれるとすぐに次の人とつきあった。

 勉強は嫌いじゃなかったからまじめに授業聞いたり、

 成績も悪いほうじゃなかったから先生たちも可愛がってくれた。

 おかげでどんどん同性に嫌われていった。

 いやみを言われる日々。

 「いいよね〜、美人だとひいきしてもらって。」

 「そうそう、勉強しなくても生きていけるんだから。」

 「すぐに彼氏できてさ。得よね。あ、私の彼氏とらないでね。」

 なんなんだろう。

 私はこの人たちに何かしたのだろうか。

 なんで見かけがちょっと派手だけでここまで言われるのだろうか。

 そんな日々に少し嫌気がさしてたけど、彼氏がいたからどうにか学校には行っていた。

 ある日、彼氏を教室で待っていたら廊下で話し声が聞えた。

 「なに、お前、水野と付き合ってるの?いいなぁ。」

 「はは、あいつマジ美人だからな。連れて歩くにはいいよ。」

 「あれ、でもお前よその大学に彼女いなかったっけ?」

 あの声は、そのときの彼氏とその友人。

 「ああ、いるよ。そっちは本命。こっちは観賞用。」
 
 「ひでー。お前、鬼だな。」

 笑いながら話しているのを冷静に聞いていた私がいた。

 観賞用。

 それが私なんだ。

 廊下にでると彼氏はびっくりした顔で私を見た。

 「ふざけんな。」

 そう言ってグーで顔を殴ってやった。

 寂しくて一緒にいた彼氏だったけど、それなりに好きだったとおもう。

 なのに、私は観賞用ですか。

 いい加減にしてほしい。

 そういってぶちきれた高校生活だったが、

 大学時代もあまり変わらず、静かな恋愛とは程遠く

 平気で二股かけられたり、

 とった覚えもないのに人の彼氏を取った呼ばわりして喧嘩になったり、
 
 同性には私を利用してコンパとかしまくったり、

 正直この生活が本気でいやになってきた。

 誰の側にいても、誰も信用できない。

 親切な顔をして人にかぎって、平気で私を裏切っていった。

 この先も私はこんな生活ばかりなの?

 だれも私にかまわないで。

 恋愛や友情なんか私にはいらない。

 もう必要ない。

 静かな生活がしたいだけなのに。

 
 だから就職するときに世界が変わるように自分を変えることにした。

 この顔を整形するわけにはいかないから、

 秘書課だから地味だけどセンスのいいスーツを選んだり、

 髪型も前はパーマかけて色も落としてたけど元の黒髪にして

 ストレートにもどして一くくりにし、

 道で知ってる人にあってもわからないようにせめて眼鏡かけたり。

 同僚とは距離をとってプライベートをあかさないようにして。

 仕事が終わったらいつもの落ち着けるバーでゆっくり過ごす。

 そうやってひっそりと生活するようになって私は初めて落ち着いた生活を手に入れた。

 



 そこまで専務に話して、口が渇いてたので冷めたコーヒーを一気飲みした。

 中途半端な温度が喉を潤す。

 「やっとやっと手に入れたんです。静かな生活を。
 
 私はこれが気に入ってるんです。」

 「それは嘘ですね。」

 黙って聞いていた専務は静かに言った。

 「華はそれでさびしかったでしょ?

 だれも信用できない、頼れない生活ってさびしくなかったですか?」

 専務の言葉が胸に突き刺さる。

 「そ、それは・・・。」

 「僕と一緒に生活するようになってあなたはいやでしたか?

 楽しくなかったですか?

 一緒に誰かとご飯を作ってたべたり、

 のんびりテレビを見たり、
 
 喧嘩したり、わらったり。

 楽しくなかったですか?」

 こたえられず、黙り込む。

 専務と一緒に過ごした日々は私の静かな生活と違って色があった。

 色鮮やかなバラのように。

 「僕は楽しかったですよ。

 凄く楽しかったです。」

 そういって微笑む専務の顔は、極上の甘甘な笑顔だった。

 「それにね、そんなバカな人間のためにあなたがそんなふうになるのって

 おかしいと思いませんか?

 そんなに悔しい思いをしたなら逆に見返してやるといいです。」

 「見返すって・・・・。」

 今までそんなふうに考えたことなかった。

 「そうです、僕の場合はバカにした人たちが出来ない仕事をやって

 どうだおまえにはそれができなかっただろう?って笑って見返すようにしてます。」

 はははは・・・・。黒いね、やっぱり。

 「あなたの場合は・・・・。そうですね、みんなにわかるように幸せを見せびらかせてはどうですか?」
 
 幸せを見せびらかす?

 首をかしげる。いったいどうやって?

 「有名人とかよくやるじゃないですか。婚約会見とか結婚会見。

 あれとかやったらどうですか?僕達。」

 「はい?何言ってるんですか?正気ですか?」

 ニコニコしながらどんどん不可解なことを言い始める専務。

 「一応、御曹司ってやつですよ、これでも僕は。

 だから、婚約パーティーとかしなくちゃいけないんです。
 
 それにテレビ関係者とかもよんだらどうですか?」
 
 は?御曹司って・・・。

 「あれ、あなたは僕の秘書をやっておきながら肝心なところを知らないのですね。

 信じられません。だから詰めが甘いといつも言ってるんです。」

 ブツブツとなりで文句を言っている専務の小言なんか頭に入っていない。

 御曹司ってなによ、

 婚約パーティーってなによ。

 そもそもだれが婚約するのよ。

 「だれが婚約するんですか?誰と誰が。」

 「僕とあなたです。」

 まじめな顔をして言われても。

 「あ、ひどい、華は僕をもてあそんだのですか?

 僕の体が目当てだったのですか?」

 泣く振りをしながらへんなことを言う。

 キャラ違うし。

 思わず噴出して大笑いしてしまった。

 久しぶりに大笑いした。



 



 幸せを見せびらかす。

 それも悪くない。

 

 




 


  









    






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