01.美女、野獣に捕まる。

 


 「いいよね〜、美人だとひいきしてもらって。」

 「そうそう、勉強しなくても生きていけるんだから。」

 「すぐに彼氏できてさ。得よね。あ、私の彼氏とらないでね。」


 

 今まで散々言われ続けてきた言葉。

 どんなに頑張って勉強しても、どんなに人間関係気をつけても

 結局は私という人間を見てくれない。

 それは、美人とかそうゆう問題じゃないとわかってる。

 だけど、小さい頃から言われ続けると、さすがに美人であることが嫌になり、
 
 隠そうという気になってきた。

 実力で自分を評価してもらいたい。

 なので、今までの私を隠すことにした。

 流行の服を着ないようにし、

 髪もいつもひとつまとめのお団子にして、

 メイクも地味にして、でっかいダサい眼鏡をかけて、

 いつもうつむき加減に歩く。

 プライベートは一切明かさない。

 そうこれが、仕事場での私。

 だからといって無口とかじゃなく、

 言いたい事は言わせてもらっている。

 要は、見せ掛けだけ、自分じゃないと言ったところ。

 


 

 朝7時半。

 仕事は8時半からだけど、早めに来て準備をする。

 パソコンの電源を入れると同時に、

 今日の日程を確認する。

 私は中小企業で秘書課に所属している。

 秘書課といっても数名しかいないけど。

 「おはようございまーす。」
 
 元気よく入ってきてのは今年入った新人の久保 なつちゃん。

 見かけはふわふわして危ない感じがするけど仕事はまじめでよくできる。

 なので、私のお気に入りだった。

 いつも私の次に会社に来る。

 

 「水野さん、聞きましたか?この会社、かなりやばいって。」

 私の席のとなりに座りながらひそひそ話をする。


 別に誰もまだ来ていないから普通の声の大きさでいいんだけど、

 つられて私も小声になる。

 「知らない。どうゆうこと?」

 彼女はいわゆるコネ入社で、叔父が常務なので貴重な情報をよく流してくれる。

 「先日遅くまで会議やってたじゃないですか。あれって、ここの株が

 大量にある会社に売ったのどうのって話だったみたいですよ。」

 一族企業だったこの会社は去年までワンマンだった社長がなくなってから、

 アホといっても過言じゃない馬鹿息子が跡をついでどんどん傾いていった。

 重役達がかなり必死に頑張っていたけどここまでとは・・・。

 「え〜。じゃあ、のっとられるって事?」

 「そうですね。早くいえば。」

 二人で眉間にしわを寄せながら顔をよせあう。

 「じゃあ、社員とかどうするのかな?」

 「ああ、それは・・・・・・・。」

 彼女が言いかけたとき、入り口が騒がしくなった。



 

 「あ、困ります。専務!この時間はまだ誰も・・・・。」

 ばたばたと足音が近づいてくる。

 この声は、有川部長だな。

 なつちゃんと二人で立ち

 「おはようございます。」

 とゆっくりとお辞儀をする。

 「この時間になっても、出勤しているのは二人だけなんですか?」

 とてもさわやか少年のような声が上からした。

 「は、仕事開始が8時30分からなもので、まだ出社するものはいないかと。」

 現在、8時ジャスト。

 腕時計を見て頭を上げる。

 明らかに高そうなスーツを着こなしてる人物・・・・・・・。

 「うわぁ、王子様だ。」

 ボソッと隣でなつちゃんがつぶやく。

 身長は180センチほどで手足がすらっと長く、

 サラサラのストレートに金髪、

 人懐っこそうな緑色の瞳、

 その瞳と目が合う。

 


 

 優しそうな瞳の奥に、

 まるで野獣のように獲物を狙う厳しさがある。

 この人は・・・・・・。

 近寄っちゃだめた。

 心の中で危険信号が鳴る。

 でも目をそらすことができない。

 私は迎え撃つ気持ちで睨みつけた。




 「あ、の、専務?」

 有川部長の声で我にかえる。

 「すみません。えと、この二人は?」

 にこやかにその男は部長に答える。

 「彼女達はここの秘書課のものです。

 久保と水野です。」

 それぞれお辞儀をし名前を告げた。

 「なんでこの時間に来てるのですか?」

 「早めに来てあらゆる準備をするためです。

 仕事を円滑にしていただくため。」

 なるべく目を合わせないよう伏し目がちに話す。

 「そうですか。」

 上の方で声がした。 

 「有川部長、行きましょうか。それでは後ほど。」

 彼は笑顔で私たちに告げると、

 あっという間にいなくなってしまった。

 「はぁ〜。びっくりしましたねぇ〜。」

 椅子に座り込んでなつちゃんがこっちを向いてにこやかに言った。

 彼女の笑顔は落ち着く。

 私も座った。

 自分の心臓がドキドキしていたことに気がついた。

 「今のが新しい専務ですね。」
 
 新しい専務?

 あんなに若いのに?

 「びっくりですよね。合併先の会社、外資系のギーマン社なんですけどね。

  もう、実力重視なんですって。彼は、まだ27歳ですが、かなりのやり手らしいですよ。

  それにあの王子っぷり。はぁ〜。いい男ですねぇ。」

 うっとりしながらしゃべり続ける。
 
 王子?野獣でしょ?

 にこやかな表情の下に潜んでたでしょ?

 あ〜。怖い怖い。

 あんなヤツ、かかわらないのが一番だよ。

 




 そう思っていても神様はいじわるだった。






 「〜というわけで、このたび我が会社はギーマン社と合併することとなり・・・・」

 遠くの方で、社長が挨拶している。

 私たち社員はどうなるんだろう。

 幸い、家は親が残してくれたものがあるから家賃はいいし、

 ローン組んでることもないし・・・。

 ぼーっとあれこれ今後の生活について考えていると、

 なつちゃんが私の袖を引っ張った。

 「この後、秘書課に戻って今後のことについて割り振りがあるんですって。」

 今後についてってどうせ私たちはクビでしょ?

 そう顔に書いてあったのか、

 「だけど、実力がある人は残してくれるらしいですよ。」

 実力ねぇ。

 今までの自分の仕事っぷりを考えると、

 到底残れるとは思えない。
 
 大きなミスはなかったけど。

 ふうっと深いため息をついたと同時に社長の話が終わった。

 その後、ぞろぞろと各部署にもどる。

 それぞれ自分の席に黙って着いていた。

 おもいおもい沈黙のまま、時間だけが経つ。

 数名の足音が聞え、皆そっちのほうを向いた。

 今朝あった男と部長だ。

 ヤツを見ないようにして前を向く。

 「今から名前を呼ばれたものは前に出るように。

 水野 華、久保 なつ。」

 私、呼ばれた?

 なつちゃんが不安そうな視線を送る。

 私も不安だってば。

 俯きながらなつちゃんと前に出る。

 周りでひそひそと話し声が聞える。

 「なんであのダサ女が呼ばれるのよ。」

 「あの二人がクビなんじゃない?」

 はぁ、やっぱりみんなそう思うよね。

 余計に肩がおちた。

 二人とも前に出たあと、あの男が皆に向かって告げた。




 「この二人以外は秘書課を離れてもらいます。というか、クビですね。」

 思わずあの男の顔を見た。

 皆、ざわざわし始めた。当然だろう。あんなことを言ったら。

 男は笑顔でこう続けた。

 「私は無能な人間と無能でも努力しない人間は必要ないと思っていますので。」

 とたんにしーんとしてしまった。

 笑顔でこんなことを言うなんて。ありえない・・・・。

 「転職についての相談は有川が受け付けることになっているので、そちらに行くようにしてください。」

 皆が呆然としている間、淡々と話している。

 「水野さん、久保さん、君達は僕についてきてください。

 新しい仕事について説明します。」

 そういってスタスタと歩いていった。

 慌てて二人ともついていった。





 私たち二人は専務室に通された。

 そして二人にそれぞれファイルとCD-ROMを渡す。

 「まず久保さん。君はこの会社の取締り役付きになってもらう。

 取締役の顔は知ってますね。」

 さっき挨拶をしてたなぁ。怖そうな女の人。

 「それから、水野さん。君は僕付きになってもらいます。

 丁度、先日今までの秘書に辞めてもらいましたので。」

 「辞めてもらった、とはどういうことでしょうか。」

 思わず聞いてしまった。

 「ああ、彼女は仕事はできたのに僕に迫ってきたので。

 職場には恋愛感情を持ち込みたくないんです。」

 ああ、そうですか。

 「僕はとにかく移動が多いし、出張も多い。

 それに毎回付いて来てもらいますが、大丈夫ですよね。」

 疑問系ではなく、肯定系で言うのですね。

 やっぱりこの人油断できない。

 「別にそれはかまいません。休みさえきちんといただければ。」

 その言葉に、ふふっと静かに笑う。

 そして目を細めたところで目が合った。

 い、いやなやつ・・・・・。

 こいつ、絶対お腹の中、真っ黒だ。ちがいない!!

 こんなヤツとはなるべく関わりたくないのに、

 これから一緒に仕事なんて・・・・。

 この先、どうなるんだろう。 

 

 

 

 
 

 
 

 
 


  









    






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