第三章 9
「そいつはかわいいだろう?自慢のペットだよ。」
後ろから男の声がした。
だけど、振り向けない。
目を背けると多分確実に襲われる。
「父上・・・。」
アラン王子の苦々しい呟きが聞えた。
「君が予言の少女だね。こんなところで会えるとは光栄だよ。」
「よく言うよ、私を殺そうとしてたくせに。」
ボソッとつぶやいた私の言葉は聞えないらしい。
「その野獣は、君とはお話できないよ。考えられないように薬を飲ませ、
数日何も食べさせてないから。」
ひどい。なんてひどいことをするんだろう。
「まあ、さっきちょっと食べたみたいだから私の言うことは聞くだろうけどね。」
じっと野獣を見つめた。
口の辺りに血が滴っている・・・・・。
でも。
凶暴そうで恐ろしいけど・・・・・なんて美しいんだろう。
こんなに綺麗なのに、かわいそうに自由がないなんて。
「だからあんたが嫌いなんだよ。」
いつも飄々としていたアラン王子が心底嫌そうに後ろでつぶやいた。
のそり、のそりと野獣が私に近づいてくる。
よく見ると、あちこち傷跡がある。
ムチか何かで打たれたんだろうか。
むごいことを。
「かわいそうにお前、虐待されてたんだね。」
一歩野獣に近づいた。
「やめろ、ヒナ。危険だ!」
後ろからアラン王子が止める。
それを制止する国王。
「まあまあ、姫様はそれとお話したいんだろうよ。そっとしときなさい。」
人を馬鹿にするような口調。きっと野獣と話が出来ないってわかってるんだろう。
野獣は相変わらず殺気だっている。私の声がまったく聞えないみたいだ。
こっちの世界に来ていつもいつも動物達に助けてもらった。
どこにいても彼らは私の心配してくれて励ましてくれた。
みんなこころ優しい子ばかりだった。
この子だってきっとこんな事はしたくなかったはず。
だから抵抗して抵抗してムチとか使われたんだね。
「痛かったよ・・・ね。」
そっと野獣に近づく。
「こんなことしたくないんだよね。」
もう手が届くところまで近づく。
「ヒナ!危ない!」
野獣が私に向かって大きく吼える。
この声も悲鳴にしか聞えなかった。
私はそっと野獣の大きな首に抱きついた。
「もうそんなことしなくていいんだよ。苦しまなくていいんだよ。」
野獣の首はとてもとても温かかった。
野獣は大きく吼えた。牙をむき出しにし、私をみつめた。
「ヒナ!」
大丈夫、この子はもうひどい事はやらないよ。
だって、ほら瞳が優しいブルーにかわったよ。
ドォォォォォォォォン!!
大きな爆音とともに王宮が激しく揺れた。
「な、なにごとだ!」
「へ、陛下!お逃げください。」
親衛隊と国王が慌て始めた。国王は何人かの人たちに囲まれて逃げていった。
ニコだ。ニコの仕業だ。向こうも計画どうりに進んでるんだ。
「ヒナ。今のうちに。」
こそっとアラン王子が私に言う。
「うん。行こう。」
抱きついていた野獣からそっと離れる。
「もうお行き。今のうちに逃げるの。わかった?」
野獣にそっと告げた。
じっと見つめてなにかいいたそうだったけど早く行かなければならなかった。
「さよなら。」
私たちはパニック状態の中を走りぬける。
「やつらが逃げるぞ。」
「早く捕まえるんだ。」
パニックの中でも正気な人はいるもので、すぐに見つかる。
出口がもうそこなのに。
急に私の体が中に浮いた。
「わわっ」
「ヒナ!」
ドサッと白い背中に乗せられた。
『ちゃんと捕まって。』
アラン王子とゼフさんも背中に乗った。
『王宮を抜けるから。』
私たちに告げると野獣は走り出した。
ゼフさんは気を失っていた。
「ルル〜。見事だねぇ〜。」
でっかく上がった花火は朝日に照らされてもキラキラと輝いて見事に虹を描いていた。
「派手にやれっていったのはあんただろう?」
ふふ。そうだけどね。
「あと5分おきに3発。四方に仕掛けてる。あんたはその隙に逃げな。」
一つ目の花火でヒナタは行動を起こしたはず。
待ち合わせの場所まで少々距離がある。
そろそろヒナタも着いている頃かな。
「じゃあ、ルル行くね。ありがとうね。」
ヒラヒラ〜と手を振ってニコは走っていった。