3. 君が笑ってくれるまで


 乳児院の視察から、数ヶ月。

 私は、以前にもまして忙しくしている。

 あの後、見直さなければいけないことが次々と出て、

 いつも以上に張り切って改正に取り組んだ。

 その甲斐があってか、乳児院の職員からお礼の手紙をもらった。

 「こんなふうに、お手紙で気持ちをいただくってうれしいね。」

 デスクで書類の整理をしているロザリーに話しかけた。

 「そうですね、たとえ疲れてもやってよかったーって思えますね。」

 そうそう。どんなに疲れても手紙一つで元気になれる。

 まるで、薬みたい。

 ニコニコしながら、手紙を大切にしまった。

 「ところで、サラ様。ここ数ヶ月働き詰めで、疲れたでしょう。

 数日、お仕事お休みになられてはどうですか?」

 お休みねぇ。あんまりうれしくないかな。

 

 この前のことがあってから、クルトとは微妙な距離がある。

 私が避けてるのか、クルトが避けてるのか。

 もちろん私の護衛をしてるので毎日顔を見てる。

 視線を合わせてもしそらされたらへこんでしまうから、

 なるだけ自分からあわさないようにしてる。

 私らしくないのは十分わかってる。
 
 いつもどんなことあっても、彼を避けるなんてことしなかった。

 でも、あんなクルトを見たのは初めてで、自分でもどうしたらいいのか正直わからなかった。

 わからないから仕事に打ち込んでなるべく考えないようにしてたのだ。

 「私らしくないなぁ・・・・。」

 聞こえるか、聞こえないかぐらいでつぶやいたのに、しっかりとロザリーには聞こえたらしい。

 「そうですわね、サラ様らしくありません。」

 びっくりしてロザリーを見る。

 「わからないときも当たって砕けるのがサラ様じゃないですか。」

 いや、砕けたらどうかと思う・・・。

 でも、ま、そうか。

 このまま悩んでても苦しいだけで、どうにも変化はしないし。

 目をそらされたらなんでそらしたか問いただして、

 もっとクルトの気持ちを探ったらいい。

 「そう、その顔ですわ。それでこそ、サラ様ですわ。」

 グジグジしてるのは私じゃない。

 わからなかったら聞いて前に進んで転んでも立ち上がる。

 それが、私のモットー。

 「ありがとう。ロザリー。」

 私が私であることを忘れないように道を標してくれてありがとう。

 うーん、なんだか、スッキリしたらお腹が減った。

 なにか、おいしいものを飲んで食べたい。

 




 ということで、アンジェを呼び出していつもの所へ。

 いつもの所というのは、行きつけの居酒屋。

 といっても、王宮の職員ばかりがいるとても安全なところ。
 
 職員御用達といったところかしら。

 とても和気藹々としたところで、マスターの趣味が良いため、とても居心地が良い。

 「あ〜。アンジェお待たせ。なに飲んでるの?」

 先についていたアンジェは綺麗なカクテルを飲んでいた。

 「マスターの今日のおススメ。パスタにあうわよ。」

 うーん、おいしそう。でも最初は・・・。

 「ビールでしょ?黒ですか?」

 さすが、マスター。私の言いたいことよくわかってらっしゃる。

 ニコニコしてうなずくとジョッキに黒ビールをついで持ってきてくれた。

 「「じゃあ、お疲れ様〜。」」

 声をそろえて乾杯する。

 あー、おいしい。生き返るー。

 「ふふ、生き返ってくれてうれしいわ。」

 私の顔をニコニコして見つめながらアンジェが言った。

 アンジェにも心配かけてたのよね。

 でも、無理に聞き出そうとはしない。それが、とてもありがたい。

 「うん、復活したわ。心配かけたわね。」

 そういって、あの車の中でのことと、その後のことを話した。

 「でね、私とりあえず、彼に迫るのをやめようかと思って。

 だからと言って彼をあきらめるんじゃないの。

 今まで、ただ追い詰めてただけのような気がして。

 そうじゃなくって、私にとって彼が素直に出せる存在と同じで、

 彼にとってもそんな存在になれるようにしたいなって。

 守られてばかりじゃなくて、守れる存在になりたいなって。」

 そういうとちょっと照れてしまった。なんだか、気障な気がしてきた。

 「はぁ〜。」
 
 アンジェが深いため息をついた。

 え、なに?おかしいこと言った?

 「サラも大人になったなぁ。」

 アンジェは王宮を離れると普通の言葉で話してくれる。これって近くになった感じで私は好きだな。

 「そう?変わんないよ。」

 突き進むばかりも相手も迷惑だしね。

 「うん、大人になった。クルト様も幸せもんだな。」

 にっしっしと笑い声が聞こえそうな表情になった。

 幸せかぁ。クルトはどうしたら幸せそうな表情になってくれるのかしら。

 「幸せそうな表情見たことない・・・。」

 いつも厳しい表情のクルト。

 優しい表情みたのは、私が泣いたあの時。

 優しい表情はするのに、心から笑った顔を見たことがない。

 「彼が笑ってくれたら幸せだぁ。」

 彼が私の前で笑ってくれるまで、

 私は何をし続ければいいのだろうか。

 「サラはサラのままで良いと思うよ。

 サラはいるだけで私に元気をくれる。私も頑張ろうと思える。

 私はあなたの笑顔で元気になれるんだから。」

 アンジェがまっすぐな目をして言った。

 ありがとう、私はあなたの言葉でいつも元気になれるのよ。

 うれしくってついつい調子にのって飲んでしまった。

 「もういっぱ〜い♪」

 「もう、そろそろやめたほうがよろしいんじゃありませんか?」

 グラスを手で塞がれた。むむ。

 この手は・・・・。

 「申し訳ございません、サラ様。心配だったので、クルト様に声をかけました。」
 
 あら、クルトも今日は飲みに来てたの。非番だったからね。 

 それよりも、マスター。そんなに飲んでませんよ・・・。

 「え?酔ってませんよ〜。」

 「酔っ払いは皆そう言われるのです。さあ、帰りましょう。」
 
 はぁ。調子がでてきたのに。

 仕方なく、アンジェとしぶしぶ帰り支度をした。

 アンジェを送って、クルトとまた二人きりになってしまった。

 「だいぶ飲まれたのでしょう?冷たい水でも飲まれますか?」

 そういって水を渡された。

 「ありがとう。」
 
 笑顔で応えたらちょっと驚いた表情をした。

 「どうして驚いた顔をするの?」

 私が笑うと変かしら。

 「いえ。」

 ああ、ずっと目さえあわせなかったものね。

 「しばらくの間、目もあわせなくってごめんなさい。」
 
 クルトはまた驚いた表情をしていた。

 「正直、あなたと目をあわせるのが怖くって。

 でも、もう大丈夫。いつもの私に戻ったから。」

 「いつもの・・・・。と言われるのは。」

 「いつものといったらいつもの。でも、あなたを追い掛け回すのはやめたわ。」
 
 クルトが無表情になった。

 ・・・・・・・・・・。

 なんだか、ちょっと表情が・・・・。

 「もしかして、ショック?」
 
 「え?」
 
 意外な質問したからだろうか?かなり驚いている。

 「ねえ、ショック受けた?」

 そう言って顔を覗き込んだ。

 わずかに耳が赤いような・・・・。

 クルトはそっぽを向いた。

 こんなクルトはじめて見た。

 なんだか、かわいい・・・・。ふふ。

 「私はあなたとはお付き合いできないと申しました。

 なので、ショックなどは・・・・。」

 「わかってますよー。何度も言わなくても。」

 そういいながらもなんだかうれしい。

 いつもと少し違うはじめてみた照れた表情なんて見たら。

 もしかしたらもしかしたら。

 期待していいのかしら。
 
 ねえ、クルト?  





  









    






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