2. これだけはどうしても

 

 「おはようございます。」

 いつもと変わらない表情でいつもとかわらない挨拶をする。
 
 ちょっとぐらい動揺した表情見せたっていいじゃない。くやしいなぁ。

 まあそんなとこも好きなんだけど。




 今日は、乳児院に視察に行く日だった。

 そう、先日もめていた所。最後まで彼は私を止めてたんだけど、どうしても行きたかった理由があった。

 実は、そこで働いている看護師から福祉課あてにメールが来ていた。一度、訪問して現状を見て欲しいと。

 高齢化が進み、老人のほうばかりに最近手をとっていたのだけども、

 育てられない親も増えてきていると言う。

 産みたくても子供を産めない夫婦もいるというのに、どうしてこんな状況になってきているのか、

 その捨てられてしまった子供達はどうやって育てていくべきなのか、

 厳しい現実を見ていくのも必要だ。

 綺麗なことだけをみていても国は成り立たない。もっとしっかりしなくちゃ。

 クルトはこの乳児院の場所がとにかく私を連れて行きたくなかったらしい。

 ここは、俗に言う「スラム街」。といっても、小さな国なので、アメリカほど怖いところじゃない。

 ただ、どうしても貧しい人々が住んでいるため、治安がちょっとだけ悪い。

 だから、私をここに連れてきたくないんだろう。

 私を安全なところにいてほしいと言う気持ちはありがたいけど、これとそれは別。

 治安が悪いなら良くなるようにするのも仕事でしょうが。

 治安が悪くて住みにくいからきっと子供を育てるのにも困難な場所じゃないかと思う。

 それなら、その町をちゃんとみて何を変えていくべきなのか、考えることが大事だと私は思うのよね。

 

 講演も無事終わり、いよいよ乳児院のある町へと向かう。

 車の中ではクルトとは向かい合わせで座り、私の隣には秘書のロザリーが座っている。

 ロザリーは秘書でもあり、私のよき先生でもあり、姉のような存在である。

 いつも私が一方的にクルトに話しかけているのに、

 今日は昨日のことがあったため、様子をうかがいながらおとなしくしていた私に疑問を持ったらしく、

 「サラ様、喧嘩でもされたんですか?クルト様と。」

 と、耳元でささやいてきた。

 「ううん、喧嘩なんかしてませんよ。ね、クルト。」

 にっこりと微笑みながらクルトに話を振ってみた。

 「・・・・・。なぜそんなことをおっしゃるのですか?」

 私以外の人前では「はい」か、「いいえ」しか言わないのに文章になってる。しかも私に疑問系を投げかけるなんて。

 かなりの進歩じゃない?

 「私は喧嘩なんかしてないつもりだから。だけど、クルトはそう思ってるの?」

 「サラ様が怒ってらっしゃったのでは?」

 もしかして、昨日のこと少しは気にしてたの?

 「うん、怒ってた。」

 すんなり白状した私に2人ともびっくりしている様子。

 すると、ロザリーが前の運転手に車を止めるように言い、自分は助手席に移った。

 「気の済むまで喧嘩してください。」

 と、私にこっそり耳打ちして。

 運転手と後ろのシートの間には防弾・防音・スモッグガラスがしてあるので、

 実質、私とクルトの密室になった。

 しばらく沈黙が流れる。

 私はかなりおしゃべりなほうだから、クルトと2人きりで沈黙だなんてはじめてかも。

 「サラ様。」

 やっとクルトが私に話しかけた。

 「なに?」

 わざとすましてみた。こどもっぽいなぁ、私。

 「私は何度もお断りしているはずです。お付き合いすることは出来ないと。」

 う、痛いことを直球でくるなぁ。

 「知ってるわよ。でも、私の気持ちはかわらないんだもの。」

 その言葉にびっくりしている。

 何度も、何度も断られても消えることのないこの想い。

 消えるどころか、どんどん大きくなってきている。

 「どうしてですか?」

 私にもわからない。どうすることも出来ないし。

 「クルト、私が好きでいることはそんなに迷惑?」

 「迷惑・・・・、とは言いませんが、あなたにお答えすることは出来ないのです。」

 いつもの答え。

 私はその理由が知りたかった。

 「もう何年もその言葉を聞いてきたわ。聞き飽きたくらいにね。

 私が知りたいのは理由なの。」

 「私はあなたにふさわしくありません。」

 そうきたか。

 「ふさわしいかどうかはどうしてわかるの?身分?それとも年齢?年が離れてるから?

 何をもってそういってるの?」

 そんな理由で振られるなんてごめんだわ。

 「すべてです。」

 すべてってまたアバウトな。

 「身分?うちの国はそんなに階級差別するような国かしら?

 年齢?私はそんなにあなたにとって退屈な年齢かしら?話があわない?

 24時間一緒にいて誰よりもお互いの心が読めると思ってるのは私だけかしら?

 私はそんなにあなたにふさわしくない人間かしら?」
 
 言っててだんだん悔しくて涙が出てくる。
 
 そんなつまんない理由で私は振られるの?

 馬鹿らしいわ。そんなことぐらいすべてかえさせられるのに。

 ぽろぽろ涙が出てくる私を見つめて、

 クルトはそっと頬をなでてくれた。涙を拭いてくれてるんだろう。

 そんなあなたの優しさにずっと触れていたいから、
 
 ぞっと側にいたいからこんなにも切なくなる。

 泣きやまない私をそっと暖かいものが包み込んだ。

 それがクルトの腕の中だと気づくまで数秒かかってしまった。

 「私はあなたを悲しませることしか出来ないんです。」

 そう耳元で言われた。

 私が泣いてばかりいるから?

 怒ってばっかりいるから?

 ちがう、ちがうよ。これだけはどうしてもわかってほしい。
 
 「違う、私があなたの前で泣いてばっかりいるのはあなたの前でしか泣けないから。

 私が怒ってばっかりいるのはあなたの前でしか、怒れないから。

 自分を出せるのはあなたの前だから。

 あなたの前だと私は王族という立場でなく、一人の人間としていられるの。」

 クルトの澄んだ瞳をまっすぐに見て私は言った。

 この気持ち、わかってほしいというのは傲慢なのかな?

 二人見つめ合っていると、車が停車した。

 お互い、何も言わず離れた。

 二人だけの時間は終わってしまった。

 また、王族としての私に戻った。 
 


  









    






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