屋上より愛を。番外編「一条氏の日常」







 「なあ、うちの医務室の看護師って見たことあるか?」

 午前中の会議が長引いて昼食の時間が取れたのが三時。

 いつものように葵のところへ行って和みたかったのだが、あいにく彼女も仕事中で。

 仕方なく社内食堂に行って一人寂しくもそもそと食べていたところに、

 なにやら気になる話題が後ろから聞えてきた。

 「いや、なんで?」

 「それがさー、えらいいい女がいるんだよ。」
 
 それはもしかして・・・・。

 「はぁ?聞いたことないなぁ。」

 「この前検診でさ、引っかかったのよ。肝機能。どうも連日飲みすぎたみたいでさ。」

 そんな生活してたら引っかかるだろうな。

 「で、健康診断引っかかったやつは一人ひとりチェックされたり、注意されたりするんだよ。」

 「そうなんだ、今まで引っかかったやつ周りでいなかったから知らんかった。」

 葵の仕事はたしか日常生活の指導とかもしてたよな。

 「そしたらさ、こうなんていうのかな、綺麗なんだけど、近寄れませんオーラの出てる看護師がいてさ。

 こんな看護師うちの会社にいたのかってびっくりしたよ。最初はちょっと近寄りがたい感じだったけど

 会社のストレスの話しになったらいつでもお話しにきてくださいって優しく言われてさ。」

 ああ、間違いなく葵だな。

 しかし、付き合いだしてすぐにみんなの前で付き合ってることを公言したのに知らないやつがいるとは。

 まあ、大企業だからしょうがないか。
 
 「そんな女にお前が声かけなかったのかよ。」

 「かけれなかった・・・。白衣着てるとまぶしすぎて・・・。」

 ぶぶ。なんじゃそりゃ。まあ、わからんでもないけど。

 「だから、今日仕事終わりに誘おうと思って。」

 なに?ありえないから。

 そんなこと、オレが・・・・。

 「専務!見つけた!」

 高田が俺を見つけて慌ててかけてくる。

 「社長がお呼びです。もう、携帯でてください。」

 ああ、さっきうるさくって切ってた・・・。

 はぁ。話の続きが気になる・・・。

 後ろのやつらの顔をチラッと見て顔をチェックする。
 
 あれは、確か企画ブロックの斉藤か。

 仕事はできるが女関係ではあまり良いうわさを聞かない。

 葵は大丈夫か?

 

 

 パソコン画面を見ながらイライライライライラ。

 ああ、こんな時にすぐ葵の元に行けないなんて。

 「こめかみに怒りマークが出てますよ、専務。」

 ご丁寧に語尾にハートマークをつけてやがる。

 コーヒーをデスクに置きながら高田が話しかけてきた。

 「・・・・。ありがとう。」

 「彼女がもてるのも大変ですね〜。あ、今日葵と飲みに行きますので彼女借ります。」

 さっきのやつらのやり取りを彼女も聞いてたんだろう。

 わざわざ言いに来るとは。最近、あいつらとツルミだして、どうも性格がリョウに似てきてやがる。

 困ったもんだよ。

 もうすぐ彼女の仕事が終わる時間だ。

 イライライライライライライライライライラ。

 だめだ、気になる。彼女のところに行こう。

 「高田、わるいが、30分抜ける。」

 「了解しました。」

 専務室を出て、まっすぐ彼女のいる医務室へ向かった。
 
 あいにく、彼女の勤務時間が終わってしまって 彼女はいなかった。

 ロッカーに向かおうとしたとき、後ろから声が聞えた。

 「ぜひお礼がしたいんだよ。」

 「お礼は必要ありません。あれが私の仕事なんで。」

 間違いなく彼女の声だ。

 「じゃあさ、俺とつきあってくれない?」
 
 なんてずうずうしいヤツだ。

 ムッとして彼女のほうへ駆け寄ろうとした。

 「申し訳ありません。好きな人がいますので無理です。」
 
 好きな人・・・。好きな人・・・・。オレのこと・・・か?

 彼女のはっきりとした声がとても心に響いた。

 「そんなやつより、オレのほうがずっといい男だと思うよ。」

 「それは私が決めることです。それに彼のほうが誰よりもいい男です。」

 う、うれしい。と感動してる場合じゃない。

 「試しに付き合ってから答えをだしてもいいじゃないか。」

 葵は、まだしつこく付きまとう男に心底いやな顔をしていた。

 そして、彼女の手首をつかんだ。

 「しつこい男はいい男とは言えないな。企画ブロックの斉藤君。」

 「一条さん」

 彼女のほっとした表情が見えた。

 男のほうは・・・・・。

 「せ、専務。」

 かなり驚いてるな。顔が引きつっている。まさか、オレが出てくるとは思ってもなかっただろうな。

 「それに申しわけないが、彼女はオレの婚約者なんだが。」

 だんだん顔が青くなってきている。

 「も、もうしわけませんでした。失礼します!」

 頭をおもいっきり下げて逃げるように去っていった。

 まったく、いい男なのは認めるが、人の女に手を出すとは。

 「大丈夫か?葵。」

 そういって彼女の手首をさする。

 「ありがとうございます。」

 真っ赤になって下をむく。ああ、かわいい。
 
 彼女のこんな表情見るとたまらなくなる。

 「何かあったらすぐにオレを呼ぶように。今日みたいにいつも助けられるわけじゃないからな。」

 コクコクと首をうなずき、にっこりと笑う。

 うう、たまらん。

 左手を彼女の腰に手を当て右手で彼女の頬をなでる。

 彼女の唇まであと一センチ・・・・。

 「専務〜、時間です。」

 後ろから、高田の声が聞えた。
 
 チッ。邪魔しやがったな。

 「それにこれ以上進めると皆の注目の的となり、確実に葵に嫌われますよ〜。」

 慌てて周りを見回す葵。気づいてなかったのか。

 計画的なのに。

 むーと怒った顔を見せた葵もまたもや、かわいらしい。

 多分本人はオレをあおってるなんて気づいてないだろうな。

 軽くホッペにキスをして、

 「じゃあ、仕事に戻るよ。今日はオレの家で待っててくれるよな?」

 なんて言って去っていった。

 後ろのほうから、

 「一条さんの馬鹿〜!!行かないから!!」

 なんて叫び声が聞えても知らない。

 ホッペで我慢したオレをほめてほしいくらいだね。


 









  











  
 






inserted by FC2 system