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あれから彼とは会わなくなった。

 もともと、彼が屋上庭園に来なければ、

 医務室にも来なければ会えないような関係。

 そう、私は彼がどこ部署でどんな仕事をしているのかしらないのだ。

 あえなくなるとついつい思い出してしまう。

 たわいもない話ばかりだったが、

 彼の話はとても面白かった。

 外国に留学していたときの話や、おじいさんの恋愛の話、

 自分の好きな映画の話・・・・。

 毎日毎日、当たり前のように告白した後に話した。

 今更ながら、彼が毎朝ここに来てくれることがうれしかったことがわかった。

 3年前以来、あまり笑わなかった私をかれは毎日笑わせてくれた。

 きっとリョウにとっては驚異的な回復だといわれるだろうな。




 はぁっとため息をついて葵は仕事の後片付けをして白衣を着替えにロッカーに行った。

 ロッカールームではOLたちがごったがえしていた。

 その中を潜り抜けるようにして自分のロッカーへとたどり着いた。

 「葵!!」

 久しぶりにもえを見た。彼女もずっと忙しかったらしい。

 「今度こそご飯食べに行こう!!」

 彼女は葵の返事を待つことなく着替えると連れ去るように会社を出た。





 「さ、ここは私のおごりだからたーんと食べて。」

 彼女が連れてきたのはおじさんが集まるような居酒屋だった。

 どれにしてもたーんとって・・・・。

 「とりあえずビールね♪おじさーん、生チュウ2つね!!」

 何にしようかなぁとメニューを眺めてると

 「私ね、ここに友達と来たこと無かったんだ。」

 「え、なんで?」

 「私って、見かけと中身ってぜんぜん違うのしってるでしょ?」

 もえは葵のところにくるようになってどんどん自分を出すようになっていた。

 見かけはお嬢様タイプだったのだが、じつは親父タイプだった。

 それに気づいても葵はいつものように接していたが。

 「けっこう、見かけで近寄ってくる子ばっかりなんだわ。中身を知っちゃうと明らかに離れていった子もいるのよね。

 だからなかなか自分を出せずにいたの。会社なんか、着ぐるみ一枚着てるみたいに別人だね。あれは。」

 おとうしの枝豆を黙々と食べてる私に対して

 「でも葵はなんか違ったのよね。きっと私を出しても変な目でみないだろうなって。

 ありのままの私を見てるだろうなって。」

 「だって、人間は皮を剥げばみんなおんなじ骸骨なんですよ。見かけはあまり意味がありません。

 中身がとても大事なんです。」

 突然、もえが大爆笑した。

 「骸骨って。やっぱり葵の発想っておかしいよね。涙出るよ。」

 そんなおかしい事いったっけ。むう。

 「まあ、飲んで飲んで。」







 それから私はかなり飲まされた。お酒はそんなに強くないのに。

 「だからね、私はね〜、ふざけてると思ってたのよぅ。」

 「わかったわかった。もう、100回は聞いたよ。」

 「なのに急に来なくなるんだもん・・・・・。」

 葵は急に下を向いてなきそうな顔になった。

 「直様はね、今、食堂のことで忙しいんだ。それと同時に会社の役員のことで・・・。て、

 葵、大丈夫?」

 下を向いたまま涙がぽろぽろ出てきた。

 一粒涙が出たら止まんなくなっていた。

 「う〜。」

 よしよしともえが私の頭をなでてくれた。そしたらもっと涙が出てきた。

 「寂しかったんだね。」

 寂しかった?私が?

 不思議そうな顔をしていた私を見てプッと噴出した。

 「こたえは自分で探しなさい。」

 そういうとちょっと失礼といいながら席をはずした。

 寂しかったのか・・・・。そうか・・・。なんで寂しいのかな・・・・。

 たった数日、顔を見なかったぐらいで。今までこんなふうに人を恋しく思ったことがあっただろうか。

 だけどきっと今、顔をみたらきっと・・・・・。

 「いらっしゃいませ〜」

 と居酒屋のおじさんが叫んだほうを見ると彼が立っていた。

 なんで、ここに・・・・・。

 飲みすぎて幻覚がみえたのかなぁ。

 「なにやってんだよ!!」

 あ、なんか、おこられてる?わたし。

 「おい、大丈夫か?なんか、いつもと様子がちがうぞ。」

 「こんばんは〜」

 むう、ちゃんと挨拶したのに変な顔してる。

 「さては直さんじゃないなぁ〜?だれだぁ〜?」

 「いいから帰るぞ。これで払っといて。」

 「おお〜、りっち〜。お札がいっぱ〜いいいい。」

 私がお金を見つめてたら急に浮いた。

 「あ、わ〜いい。おひめさまだっこだぁ〜。ふわふわして、きもちいぃぃぃ。」

 夢のなかだなぁ。ふわふわふわふわふわ・・・・・・・・・・。









 ピピピピピピ。

 遠くで目覚ましの音がする。

 ん。もう少し・・・・。

 なんだか暖かいなぁ。と、すりすりしてると

 「くすぐったいよ。」

 人の声がした。そのほうを見ると

 「おはよう、葵。」

 さわやかな笑顔の直がいた。

  









    






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